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「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫


2002年1月号
「内蔵」の黙示的解釈

 

 蛇年が脱皮して午年を迎えた。教祖は蛇年のご懐妊、午年のお生まれである。蛇年の昨年は、これまた蛇年であった明治14年、お屋敷に「内蔵」が竣工してから120年目に当たっている。また、教祖が現身を隠された直後、飯降伊蔵を通し「内蔵」で神言を伺われてから115年目でもあった。人間115才寿命と教えられるが、年祭の115年目が脱皮する蛇の年であり、本年は午年であるから2002年は馬力ある出直し元年の年と言えなくもない。

 立教の天保9年10月26日から10日間、教祖は目を閉じて居られたと初代真柱様の手記にある。状況から判断してご危篤の状態であらせられたと推測される。その後教祖は「内蔵」に3年あまり籠もられる。しかし、のべつなく籠もられていたのではない。末女こかんは生後11ヶ月余りであり、教祖は母とし、主婦として日常の仕事もこなさなければならない。非日常空間としての「内蔵」と人間界を行き来して居られたのである。里の仙人たれと教えられるひながたの道の原型がここに見られる。

 立教後しばらくして「巽の角の瓦下ろしかけ」というお言葉が下がった。つまり、巽とは中山家の母屋の玄関口に当たる。続いて「艮の角より、瓦下ろせ」というお言葉が下がる。艮は厨房の位置を指している。門構えの否定、質素な食事と断食の予兆とも解される玄関や厨房には門戸があり、「内蔵」にも扉があった。しかし、「内蔵」の扉の鍵は、外側についている。「内蔵」は人間の住み家ではないからである。住み家でないと言えば、たちまち「一坪四方は住み家ではない」というお言葉を思い出す。

 天理教は立教・年祭とも「内蔵」から始まっている。このことは何を意味しているか。「扉を開いて地をならす」というお言葉を素通りせず、立ち止まって新たに解釈するヒントがこの周縁にないか。

 住み家でない「内蔵」は、教祖に籠もられることによって神秘なる空間となった。その中で何があったか。私たちが推測し、解釈するしかない。「内蔵」に始まる50年のひながたの道は、「元の理」再現の教理であると理解されるが、それは行為であって言葉ではない。教祖の御行いは、断食であれ、施しであれ、言葉によっていちいちその理由を説明されていない。監獄へ召還なされたときも、黙々として従われた。その黙示の何たるかを理解し、解釈するのは私たちの側の仕事である。「内蔵」も黙示的行為としてあった。

 原典は親神の言葉である。それを人間世界に試されたのがひながたの道であるとすれば、それは沈黙の行為を通して示された非言語的教理としてあった。悟りないのが神の残念と教えられるが、悟るとはこの黙示的行為の理解を深めるところに与えられる。神の言葉の解釈は教義学にとっては大切であるが、信仰者にとってさらに大切なのは、ひながたの道に示された行為の黙示的解釈であろう。教理が現実の世界の問題に肉迫出来ないと言えば、それは私たちのひながたの道の黙示的解釈が、行為を促す力を持たないレベルに止まっているというに過ぎない。要するに悟りがないのである。

 「内蔵」はひながたの道の出発点であった。その出発点は年祭の元一日と同様に教祖のご危篤という状況によって先行されている。そこに暗示されているのは、いずれも命がかかっているということである。籠もられた「内蔵」は俗なるもので満たされていた。それを空にすることをも象徴的に暗示されたのであれば、信仰者にとって「内蔵」の象徴化・内面化は必須でなければならない。

 
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