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「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫
2003年12月号
カブールの雨
医療援助NGO「ペシャワ−ル会」代表の中村哲医師は、旱魃がつづくアフガニスタンで、すでに千本以上の井戸を掘った。用水路も建設中である。氏には『医者井戸を掘る』という著書もある。なぜ医者が井戸を掘り始めたのか。氏にはそのアフガン難民救援の20年近くに及ぶ現場体験から、あらゆる人道支援や紛争からの復興は水に還元してゆくという信念がある。
ここ数年、特にアフガニスタン東部は未曾有の旱魃で耕地が砂漠化し、大量の難民が発生している。カブールなど大都市に流れたその難民が治安悪化の背景をなしている。戦争がなくとも難民は発生する。特に農耕、遊牧を主とする地域での旱魃は難民発生の原因となる。アフガニスタンでは戦争と内紛が難民発生の原因であると一般に考えられているが、実は水不足が紛争の遠因となり、それが復興を遅らせているという視点をも忘れてはならない。
10月に訪問したカブール北方20数キロにあるショマリ平野の農村でも、いままで流れていたカレーズ(地下水路)に水が流れていない。ここ5年あまり雪も雨も降らないからである。そこで井戸を掘る。以前は10メートルも掘れば湧き出て来た水が、100メ−トルから150メートルも掘らなければ出て来ないと村の古老が訴える。この深さになると手掘りは不可能であり、1本掘るのに100万円以上の重機器による掘削費がかかる。ポンプ用の発電機も要る。何しろ大学教授の月給が4千円くらいだから、帰還農民にはまったく手の届かない金額である。
中村医師はクナール州で用水路を建設中の11月2日、発破作業を攻撃と誤認した米軍へリコプターに機銃掃射をうけた。作業地の平和は一瞬にして吹き飛ばされたという。イラクと同様にアフガニスタンでも国連組織や国際赤十字、外国のNGOへの襲撃事件が頻発している。そして、「今回、私たちは『テロリスト』からではなく、『国際社会の正義』から襲撃された。日本政府がこの『正義』に同調し、『軍隊』を派遣するとなれば、アフガンでも日本への敵意が生まれ、私たちが攻撃の対象になりかねない」とその危惧を語り、イラクへ自衛隊を派遣しようとする日本の風潮を危険かつ奇怪と述べている(『朝日新聞』11/22)。
私たちも天理大学の「他者への献身」という「国際参加プロジェクト」を通して、学生と共にインドのグジャラート州においてアラビヤ海に流出する雨水をせき止めるためのチェックダムを現地のNGOと協働して建築してきた。雨期が訪れ完成した堰を水が満たし、その結果その数キロ周辺に掘られた数10本の井戸から水が湧き出たという報告を受けた。本年の8月、井戸や農作物、そして樹木の生長などの調査のため現地におもむき、近村の農作物収穫にチェックダム効果があったことを私たちは検証しているので、なおさら中村医師のねばり強い謙虚な井戸掘り作業のすごさに感動するのである。
奇しくも天理大学創設者2代真柱様の御命日にあたる11月14日、2泊の予定で27名のアフガニスタンの政府高官や研究者、そしてNGOの代表が天理大学を訪れた。明治16年(1883)、明治でも類のない大旱魃に悩む農民の願いで、三島村で雨乞づとめが行われた史実を紹介した。官憲の厳しい取り締まりの中であったので、教祖に伺うと「雨降るも神、降らぬのも神、皆、神の自由である。心次第、雨を授けるで」とのお言葉あり、雨乞いづとめをつとめられると大夕立ちとなった。しかし、当時86歳の教祖が水利妨害という名目で徹夜留置処分を受けられたという史実に聞き入る、アフガン高官の人たちの目つきは真剣そのものであった。
本年の3月19日、アメリカはミサイルの雨をイラクに降らせた。アフガニスタンにとってはこの日は大晦日にあたる。その翌日アフガンの人たちが新年を祝う日、私はカブールにいた。そこで砂塵舞い上がるカブールに少しでも雨の御守護をと教祖に心からお願いをした。不思議にも次の日の正月2日、5年ぶりに雨がカブールに降ったのである。
宿舎から外に出て、目の当たりに見た市民や子供達が狂喜するあり様をつぶさに話した後、アフガニスタンに雨の御守護を祈ろうと訴えて共に礼拝し、教祖殿をあとにした。翌17日から広島において国連ユニタール主催の「紛争後の国々における訓練と能力開発」というテーマでユニタールの広島事務所開設記念国際会議が開催された。その報告は『朝日新聞』(11/25)のオピニオン欄で大きく取り上げられている。アフガニスタンから出席が予定されていたモハメッド・ファーラン復興大臣は、2日遅れて広島に到着した。主催者はその理由を、カブールが突然大雨と大雪に見舞われ、飛行機が飛ばなかったからだと説明した。「現代の谷底」アフガニスタンに春が来て雪が溶けはじめると、渇いたカレーズに水が再び流れ出ることを祈る。
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