|
「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫
2003年2月号
スペースシャトル「コロンビア」の空中分解に思う
─「宇宙地獄」と「地球極楽」─
1967年のこと。アポロ1号が秒読みの実験中、電気系統の故障で火災が起き、宇宙飛行士の3人が船内で焼死した。そのためにアポロ計画は一年延期された。しかし、この事故の徹底した糾明がなかったならば、その後の人類の月面着陸は不可能であったといわれる。つまり、焼死した宇宙飛行士は、アポロ計画成功のために人柱になったというわけだ。今回のスペースシャトル「コロンビア」の空中爆発は、進行中の国際宇宙ステーション建設にいかなる教訓を残すか。
1986年「チャレンジャー」が打ち上げ直後に空中分解を起こした。今回の「コロンビア」の空中爆発は、帰還直前の事故であった。いずれも宇宙飛行士の家族が空中分解の現場を見上げているだけにその悲惨さは増す。「チャレンジャー」の教訓が生かされていなかったというNASAへの風当たりは強い。その極めつけは、『タイム』誌2月10日号のNew
Republicの編集者G. イースターブルックが鋭く迫った「スペースシャトルは中止せよ」(The Space Shuttle
Must Be Stopped)という読み応えのある記事であろう。サブタイトルでは、スペースシャトルは非経済的で、時代遅れ、非現実的、そして今回再び学んだように命取りであると決めつけている。テキサス州で散乱した飛行士の遺体を目撃した子どもたちのショックは、『ヘラルド・トリビューン』紙2月5日の記事に生々しく描写されているが、読者に宇宙飛行における目をおおわせるような事故の無惨さを突き付けずにはおかない。
「未だ、宇宙で死んだ宇宙飛行士はいない」と立花隆氏は『宇宙からの帰還』で述べている。「ソ連では帰還時の地上激突死1人と窒息死3人を出しているが、窒息死は大気圏再突入時の事故である。大気圏はむろん宇宙ではなく、地球の一部である」というわけだ。しかし、これは何かの間違いであろう。旧ソ連宇宙飛行士3名の窒息死は、1971年6月、大気圏外の宇宙空間におけるソユーズ11号船内で起きた。3人の宇宙飛行士が搭乗したソユーズはサリュート1号宇宙船とドッキング。
23日間宇宙に滞在して科学実験を全て終了した後、帰還船ソユーズに乗り移り、母船サリュートと切り離すため逆推進ロケットを逆噴射した。
その直後、多分積み荷重量超過などが原因の衝撃で、キャビンのバルブが開き、宇宙船内の減圧と酸欠により45秒間で3人の宇宙飛行士は死亡した(The
Soviet Cosmonaut Team)。ソユーズは死亡した3人の宇宙飛行士を乗せて遠隔操作で地球に帰還し、地上では厳粛な葬儀が行われた。
宇宙空間は真空である。たとえ酸素を持ち込んでも、それだけでは生きていけない。圧力がかからないと、酸素が肺胞膜を経て血液のなかに浸透していかないからである。地上の気圧とは、酸素や窒素などの空気の重さで生じる圧力のことである。大気圏の中では、絶対量は低下しているにしても高度1万メートルでも酸素は存在している。しかし、気圧の低下により、酸素が体内に吸収されないのである。地表の気圧は1013ヘクトパスカルである。それが48ヘクトパスカルまで下がると、人体の体温は沸騰点に達する。実に人体の7割は水分であるから、沸騰点に達するとそれがガス化して、全身から血液や蒸気が吹き出し、人体は風船玉のように膨れあがって崩壊、飛散する(津田幸雄『重力の思想』)。また、宇宙飛行士の土井隆雄はコズミックカレッジで、人間が普段着で宇宙に出ると、約20秒で干からびてミイラになると言っている。こういう現象が起こるのは、高度1万9千メートルからだ。気圧がなければ、酸素マスクをつけていても、人間は絶対に生存できないのである。大気・気圧は地球全生命のシェルターである。したがって、大気のない空間は、人間が沸騰する「宇宙地獄」であって、天国ではない。
数多くの宇宙飛行士は、無重量空間の生活も慣れてしまえば、実に快適であると表現している。しかし、宇宙船内は実は宇宙ではない。地球の「酸素」、「気圧」、「温度」といった地球環境を船内に持ち込んだ空間に過ぎないものである。快適なのは宇宙空間につくられた地球環境の方なのであった。宇宙に持参しなかったのは「地球の重力」だけである。アポロ12号で月面着地したアラン・ビーンは、筆者にその体験を語ってくれた。月面では全く何も動いていないし、何も聞こえない。月世界から太平洋に帰還・着水して一番うれしかったのは、水が動き、風が吹き、音が聞こえることであると言った。そのまさに当たり前の意味で、地球は人間にとって極楽である。宇宙空間や月それ自体は、人間にとっては実は地獄なのであって、地球圏外に脱出して、はじめて人間は本当にこの「地球極楽」を知ったのである。
「ここはこの世の極楽や」、「地と天とは実の親。それより出来た人間である」と教えられる。宇宙開発を可能にした先端科学技術は、シャトル計画の失敗を通しても、「この世」とは、「今生」を指すばかりでなく、宇宙の中での母なる惑星「地球」という場を指すことを教えてくれた。今回の事故も、あえて科学技術の失敗が宗教的真実の覚醒を促した一例であると前向きに解釈したい。
|