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「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫
2003年5月号
劣化ウラン兵器とクラスター爆弾の恐怖
ヨルダンの首都アンマンの国際空港で毎日新聞の記者が所持していて爆発した物体は、クラスター(集束)爆弾の子弾だった可能性が出てきた。クラスター親爆弾には数百の子爆弾が詰め込まれ、上空千mくらいで飛散し、落下の瞬間に爆発する。戦車などの4の装甲板を貫通する能力があるといわれるが、その1割前後は不発弾として残り「第2の地雷」と呼ばれる。アフガニスタンやイラクでは戦後も民間人の被害が拡大している。
筆者はこの3月に視察したカブールの「地雷除去・アフガン復興機構」が管理・経営するオマール(OMAR)兵器博物館で、使用済み現物の説明を身近に受け、クラスター爆弾にも劣化ウランが使われているのではないかと感じた。この博物館には、アフガニスタンなどで使用されたさまざまな地雷や爆弾、ミサイルなどの兵器が展示されている。各国の外交官や国連関係者、そして兵役に従事する人たちが、カブールに赴任すると必ず訪れるところだという。毎日新聞の記者もここを前もって訪れ、兵器についての基本的な知識をもっていたならば、今回のような悲惨な事故は未然に防げたであろう。機上で爆発していたらと想像すると、その可能性は否定できないだけに、武器に関する無知は犯罪に近いと言われても仕方がない。なにしろ子弾をキャッチボールして遊んでいたと言うから驚きである。各新聞社は戦地に派遣するジャーナリストに武器についての基礎知識を義務づけるべきだろう。
「悪魔の金属」といわれる劣化ウラン弾は、1991年湾岸戦争の時にはじめて米軍が使用した。「劣化」という名称は危険性がなくなったという意味では決してない。原子力発電所の放射性廃棄物から造られるれっきとした放射線物質である。体内に取り込まれればガンを引き起こし、重金属としての毒性を合わせもつ。アフガニスタンでは約700トンが使用された。また湾岸戦争では、アメリカ軍を中心とする多国籍軍が述べ11万回の出撃で、8万8千トンの爆弾を投じて、42日間で15万人から30万人が殺されている。このときイラクの地に劣化ウラン弾の微粒子が3百万トンもばらまかれた。その量は広島の放射性微粒子の1万4千から3万6千倍に相当すると言われている。戦争後も空気、水、大地に残留したウランを市民が取り込み、ガンや白血病、死産、流産、奇形をもたらし、従軍した兵士やその子どもたちにも被害が広がっている。
イラクの南部最大の都市バスラでは、1988年の記録によると白血病とガンによる死者は34人であったのが、湾岸戦争5年後の1996年では219人、2000年には586人に激増している(『PEN』第357号)。またイラク政府によれば、イラク全土では1990年以来子どものガンは5倍、生殖器異常出産と白血病は3倍に増加し、イラク国民全員ではガンの増加は38%となっている(『世界』5月号)。劣化ウランの半減期は45億年といわれるので、この数字が劣化ウランによるものとすると、イラクは永久的にこの病魔にとりつかれることになるわけだ。
このような「湾岸戦争症候群」に関しては、劣化ウランとの因果関係は証明されていないというのが米国やわが国の政府見解である。しかし、5万件にも及ぶウェブ上の関連情報の数件を読むだけで、劣化ウランが原因であることは近く科学的に証明されると思われる。そのとき、使用者は戦争犯罪者としてその責任をきびしく問われなければならない。英国防省は4月24日、両者に科学的因果関係は明らかでないと一方で主張しながら、イランから帰還する兵士に劣化ウランの体内への影響を調べる尿検査を実施すると発表した。わが国では、クラスター爆弾が北海道の自衛隊基地にもあり、沖縄の嘉手納米軍基地にもある。防衛庁長官はわが国自衛のために有効な武器として、その存在価値を認めている。
核廃棄物である劣化ウランは、長年ネイティブ・アメリカン居留地などに野積みにされていて、米政府の頭痛の種であった。国防総省がこれに目をつけて、軍需産業に1トンあたり1ドルというタダ同然の値段で売却したといわれている(『世界』5月号)。貫通力が格段に優れた兵器の材料となるだけに、それは「魔法の金属」とも呼ばれる。その核兵器を多量に持っている米国が、コソボや、核兵器やテロ集団をかくし持っているだろうという国を怪しからんとして、正義と自由の名の下に非戦闘員をも殺害してきた。
いま北京を中心として猛威を振るっているSARS(重症急性呼吸器症候群)の死亡者は5月15日現在で600人を超えた。SARSと劣化ウランやクラスター爆弾は「拡散」するという点で共通しているが、前者はウィルスによる一時的伝染であり、後者は兵器を使った半永久的殺戮である。悲惨さでも共通しているが、後者にはおろかな「高山」の人間の意志が強烈に関わっているだけに腹立たしいこと極まりがない。その象徴であるブッシュ大統領が、ことにあたって擬似宗教的発言を繰り返すのには、こころあるクリスチャンは心底あきれているのではないか。
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