| 「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫
2004年10月号
「職場におけるスピリチュアリティー」
いまアメリカの大企業や経営学会の中で「職場におけるスピリチュアリティー」という問題が大きく浮上して来ている。経営にスピリットを持ち込んだ会社が、社員のやる気や利益増収などに極めて注目すべき成果をあげているからである。スピリチュアリティーという言葉は宗教的概念のみをさすのではない。それは即物的、合理的、科学的、因果論的な考え方に対応する概念として霊性などと訳される時もあるが、的確な訳語がないので我が国では不翻訳で使われる時がおおい。スピリチュアリティーを「生活を向上させる聖なる力との接触」と定義するアメリカの専門家もいる。「神と経営」といったテーマも話題になっているが、スピリチュアリティーは必ずしも宗教的ドグマの強制を意味しない。
1999年11月1日号の『Newsweek』は「職場における宗教─米国企業におけるスピリチュアリティーの顕在化」といういまや伝説的となった記事の中で、ゼロックスが新商品開発のために「ヴィジョン・クエスト」という6年間のプロジェクトを4億ドルをかけて行ったことが紹介されている。それは従業員がニューメキシコの荒野に集団で寝泊まりし、断食等をふくめたスピリチュアルな特訓をおこない、大自然のなかでの生活体験を通してインスピレーションを得ようというものである。こうしてゼロックスは新製品デジタルコピー機の開発に成功したという物語である。
10年ほど前までの経営学では、信仰とビジネスは聖と俗に二分され相容れないとされてきた。企業は利益追求の商業主義、宗教は社員個人のプライベートなもので、両者を混同しないというのが原則であった。アメリカでは長い間分断していたこのビジネスと宗教を橋渡しするテーマを取り上げた出版物がベストセラーになったり、大学で「spirituality
at work place」という冠をつけた研究所が現れはじめた。権威あるアメリカの経営学会がこの流れを新しい時代のパラダイム変換として注目しはじめている。こうしたうねりの背景には「自分が変われば世界が変わる」というニューエイジ思想や禅に代表される瞑想に重点を置く東洋宗教の影響も見のがすことはできない。
職場のスピリチュアリティーとは、組織における自己と私生活における自己を統合する試みであるから、自ずとその内容が問われる。特殊な例をあげれば、社内外での便所掃除を日常の作業内容として全社員に取り入れ、社員のスピリチュアリティーを深め、結果として組織の精神性を高め、営業効果を上げている企業には、イエローハット、めいらく、ダスキンなどがある。松下幸之助は「身の回りが掃除できなくて、世界の掃除が出来るはずがない」と言い放ち、便所掃除を徹底して奨励したことは有名である。
ひるがえって、教祖ひながたの道においては、職場と信仰は二つ一つに統合されていた。教祖をはじめ中山家の人びとは、はたらく場所において紋付を着用しておられたという史実がそれを証明している。とりわけ秀司先生の村人たちから「紋付さん」と親しまれたという野菜売りの姿は、働く場所が精神において信仰実践の場として示されている。労働着としてあえて着用された俗なる「紋付」が、聖なるおつとめ着に繋がっていることに気がつけば、職場と信仰、職場とスピリチュアリティーはもともと二つ一つであったことが理解される。とすれば、職場をもつ天理教信者は、経営者であれ一社員であれ、このひながたに示された象徴的モデルを、現代に蘇らせる責任がある。世上の高山が、いまひながたの道の神髄に迫って来ている。
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