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「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫


2004年5月号
「切腹・人間魚雷・焼身自殺・自爆テロを考える」

 

切腹は、武士の自殺の方法として、平安時代に行われるようになった。
『太平記』では68件の切腹に関する記述があり、その人数は2140名を超える。
腹を十文字に切り、内臓をつかみ出して、相手に投げ付けるのは、
武士の勇気と胆力を示すものとされた。

切腹の歴史をひも解くと、それは単なる自殺やテロではないことが分かる。
江戸時代になると切腹は作法をともなう荘厳な儀式ともなり、
価値のある死に方と考えられるようになった。
降伏した城主が切腹することによって、部下の命を救ったという事例は数多く見られる。
切腹という行為には、それに附随する効果が期待されるようになったのである。
切腹は武士に対する特権的な刑罰となり、明治3年の改定律令によって廃止されるまで存続した。
しかし、その後も乃木希典大将の殉死や、2度にわたる世界大戦においても戦闘に敗れた
指揮官が現地で切腹した例は多く見られる。

三島由紀夫が自衛隊に決起を促す目的で行った割腹自決も、介錯を伴う切腹であった。
介錯人森田青年によって斬首されたこの天才作家の頭部が、その胴体から切り離されて
リアルに報道されていた新聞記事の写真は鮮烈であり、いまもありありと思い出すことができる。
切腹には、理由は何であれ一種の「身代わり」的な強い意志と思想が籠められているように思われる。
切腹は「ハラキリ」などと欧米人から呼ばれ、彼らにとっては日本人の理解し難い文化行動様式と
見られている。イスラームの自爆テロも同様であろう。

「人間魚雷<回天>隊員の笑顔は報われたのか」『正論』2004年5月号)という、
伝記作家片岡紀明氏の感動的な寄稿文を読んだ。
先の戦争の末期、人間魚雷「回天」に乗って敵艦隊に発進する
20歳前後の特攻隊員たちの明るい「笑顔」の意味を読み解き、

「この写真を見た瞬間、私は60年前の中学生になり、すぐ目の前に、
 年の離れた兄くらいの<回天>の 人々が、こちらに笑いかけている、
 その風景があらわれた」
と述べ、
「私のすぐ身近に、彼らの鼓動や言葉が聞こえてきた」と続け 、
その聞こえてきた言葉を鋭い感性で再現している。
「生をうけたその時代が求める最善の任務を与えられて本望である」とか、
「己のためには汗を流し、人のためには涙を流せ」といった特攻隊員の言葉は胸を打つ。

片岡は克明な聞き取り調査の結果、彼らの「笑顔」が報われたか報われなかったかは、
残された私たちのいまの態度できまると断言し、なけなしの兵器で自己の命を犠牲にして
私たちを救おうとした若者に対し、それを愚行、自殺、狂気、テロという言い方はないだろうと
締めくくっている。止まるところを知らないイスラームの自爆テロにしても、
単なる自殺や報復を超えた死生観が存在しているに違いない。

仏教僧侶はベトナム内戦ではおおむね中立的立場をとっていたが、
抗議する方法として焼身自殺という道を選んだ。
危険を犯してイラクへ人道支援におもむいた日本人3人の人質事件と、
テロに屈しないという政府の自衛隊撤退拒否表明が喧しい中、
「無理に止めるやないほどに 心あるなら誰なりと」
「胸先へきびしくつかえ来たるなら 月日の心急き込みである」
という神言がいま脳裏を去来する。

「あらきとうりよう」とは一体何を意味しているのかと考える戦争の時代が再来しているのである。
歴史の過ちを繰り返してはならないが、律を超える真実とは何かという問題は、時代をも超えている。
この現代に突き付けられたグローバルな宗教的命題から、
ローカルな場に住む信仰者たちが目をそむけ、逃避することは許されないであろう。

 
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