| 「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫
2007年3月号
「虫・鳥・畜類」と海外伝道
「元の理」において「虫・鳥・畜類」は、人類の原型を生む進化の前提として物語られている。ミツバチやアリは昆虫であり「虫」に対応する。また、その卵や肉を人類に提供するウズラや鶏などは「鳥」そのものである。くわえて豚や羊や牛は「畜類」に相当する家畜として、宗旨の違いから食されない種類もあるが、彼らはその肉や乳、毛皮や骨を提供することによって、なべて人類存続の衣食住にも貢献してきた。アフリカ大陸では、ある種のアリは大量に油であげ、視察したウガンダの町市場などではどこでも売っていた。アリは貴重なタンパク源をも提供している。アリ塚の土は良質の煉瓦の素材ともなり、土のう建築に必要な素材を提供する。アリ塚の廻りには、アリたちが運んで来る菌類で良質のキノコを発生することがある。
養蜂といえば、古代エジプト人は紀元前2500年ころにはすでに組織的におこなっていたらしい。タンザニアでも養蜂は木に吊す伝統的な巣箱が多用され、ラングストロース式の巣箱のレンタル業プロジェクトもNGOが植林活動と併行してすすめているところがある。ミツバチは六角形の巣房をあつめて壁をつくる。立体的に見ると、六角柱を規則的に組み合わせ、底がピラミッド状に突き出ている。空間の利用として六角形はむだな隙間がなく均一で材料が少なくてすみ、きわめて幾何学的で合理的・経済的な建造物であることが分かる。一匹の選ばれた女王蜂は数万のミツバチを産み下ろす。不意に巣箱を開けたり、熊などが蜜を求めて近づくと「群風」と呼ばれる羽音を出し、行動を開始する。突然の「群風」は熊を驚かせて退却させる。この現象は、命令なしに全体が統制のとれた行動であると解釈されるところから、ミツバチの社会が個々の蜂の集まりであるというよりは、全体で一つの生命体となっていることを示唆している。この「一手一つの和」を連想させる特徴にくわえて、ミツバチは甘露ともいえる蜜を提供するところから、ミツバチの巣作りや蜜は、人間が宿し込まれたぢばの六角の「甘露台」を想起させるのである。また、その生態が残す一匹の女王蜂は、「虫、鳥、畜類などと、八千八度の生れ更りを経て、又もや皆出直し、最後に、めざるが一匹だけ残つた」と物語る「元の理」の意味世界を連想させずにおかない。
琥珀のなかにミツバチを閉じ籠めた4200万年前の化石が発見されたことがある。そのミツバチは現在と同じ姿かたちをしているところから、「ダーウィンの進化論」に適合しなかった生物といわれる。その理由は、第一に、ミツバチは食料であるハチミツと花粉の量に応じて「群」の蜂人口を調整し、食糧難を切り抜けてきたということ。第二に、ハチミツは単糖類であるため、即エネルギーとなり、また外側のハチは内側へ、内側のハチが外側へゆっくりと対流移動することにより、巣内の温度を摂氏5度に保ち、零下40度を超す北海道の極寒を野外の自然で生きのびることができるという点である。
また、自然界では美しい花を咲かせる植物は、ミツバチの交配で実をむすび存続してきた。その果実は野生の鳥類や動物を育て、人類生存にも貢献してきた。つまり、ミツバチは、花粉交配をとおして自然界の生命を支えてきた人類の大恩人であるといえる。そのミツバチの生態が変化しないというのは驚きである。ここでも即時に「変わらんが誠」と教えられる神言が思いだされる。「虫」の生きようのなかに教えの真実がきらめいている。筆者は、いまグラミン・バンクに学んで「虫・鳥・畜類」バンクを、海外伝道の「谷底せりあげ」に向けた、ささやかなアフリカ自立支援のひとつの手だてとして考えている。
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