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「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫


2007年6月号
「元の理」にみる世界伝道への覚醒

 「元の理」のテキストである「こふき」話には、海外伝道の原型的な叙述がみられる。それは、泥海の中から親神の守護によって、人間が五尺に成人するに応じて海山も天地も世界も皆出来て、陸上の生活をするまでに、食物を食い廻り、唐天竺へ上がって行ったことを象徴的に物語っているところに暗示されている。

和歌体十四年本(山澤本)には、 
 みづなかをはなれでましてちのうへに
 あかりましたるそのときまでに 
 せゑじんにおふじじきもつりうけいも
 ふじゆなきよふあたへあるなり 
 だん/\とじきもつにてハくいまハり
 からてんじくゑあかりいくなり 

とあり、説話体十四年本(手元本・二)では、
三尺より五尺ニなるまでじきもつをだん/\とくいまハり、からてんじくまでもまハりいくなり。
とある。ここでは、和歌体の「上がり行く」が、「廻り行く」となっている。
また説話体十六年本(桝井本)の「神の古記」では、
人かす九億九万九千九百九十九人のうち、やまとのくにゑうみしろしたる人げんわにんほんの地に上り、外のくにゑうみおろしたる人間わじきもつをくいまわり、から、てんしくの地あかりゆきたものなり。
とある。
 「こふき」話のこの下りは、人間が生みおろされた場所の魂の因縁により、上陸する「外のくに」が予定されているかのような語りになっていて、きわめて興味深い。このことはまた、「から・てんじく」の地に上がり行った、あたかもその「こふき」話における魂がなさしめるように、その人は海外布教師を選択するのが宿命としてあるかのような感じをあたえる。文中、大和のくにへ「うみしろしたる」は「産み下ろしたる」の漢字がほどこされているが、これを「産み印したる」と読み下すことが可能であれば、「産み印したる」は単なる出産ではなく、生まれた場所、出生地に重点がおかれるという解釈がなりたつのである。戸籍や個のアイデンティティを証明するさいに、出生地が問われるのは「こふき」話に隠喩されていたとも解釈できる。
 移住の主たる原因が食であることは、農耕民族が干ばつや争いが原因で、食を求めて安住の地へ移動してきたことをみてもわかる。歴史にみる諸民族の大移動も、基本的には新天地に食を求めることが文化の交流を可能にした。世界の諸文明は「元の理」の順序原理によって形成されてきたのである。天理教の海外伝道は、「移民伝道」が主体となってはじまったのも納得のできるなりゆきである。計画伝道や使命観伝道時代の到来は、中山正善2代真柱が発議・推進された天理外国語学校創立の趣旨にみられるように、「智慧や文字の仕込み」のあとにやってくることは、伝道史がくわしく伝えているところである。
 使命観伝道は、教祖の世界たすけの熱い親心に触発されてうまれる。しかし、それには決定的な「回心」が経験されねばならない。使命観伝道への「回心」は、理論や学問にはなじまない世界からやってくる。「回心」とは、こころを裏返すこと、志を翻すことである。その契機は、しばしば予想外の病をとおしてやってくる。身上は神のふかい思わくがこめられた「てびき」であるから、そこから引き出される布教師の世界たすけへの「身代わり」的決断は、自分がそのためにこそ生まれてきたという自覚をいっそう強固なものにする。この史実における諸例の重大な教学的意義は、近著『天理教の世界化と地域化─その教理と海外伝道の実践』(日本地域社会研究所刊)のなかで、海外伝道を意味すると従来説明されてきた教祖のお言葉である「船遊び」(『逸話篇』)のあらたな解釈をとおして展開した。読者のご批判を期待している。

 
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