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「グローカル天理」巻頭言集 井上昭夫
第五巻
1号
イラク自衛隊派遣の教理的是非
フセイン元大統領がイラク北部のティクリートで、みすぼらしい農家の庭の地下穴蔵に
隠れていたところを、米兵に拘束されたというニュースが12月15日の夕刊全紙の一面
で大きく報じられた。テレビで目線が引き付けられたのは、米兵が合成繊維のような袋
をめくりあげ、その下に隠された発泡スチロール製の軽いはめ込みをはずして、フセイ
ンが穴底に隠れているのを発見したという再現シーンである。
『ヘラルドトリビューン』紙の12月17日の一面トップ記事「ふさ糸がサダムを裏切る」
(A Fiber Betrays Saddam)によれば、地下壕発見の直接のきっかけは、泥の中から
突き出ていた袋のひも状の房の一片だったらしい。兵士がそのひもをいぶかしく思いぐ
いと引っ張りあげたその動作は、一時代の終わりと転換期を呼び込む「扉が開かれた」
ようにも思えた。土嚢袋に泥を詰め、それをアースバッグと称して600個ほどドーム状
に積み上げて、難民用シェルターにしようと、天理やインドで学生達と張り切っている
者にとっては、大物フセイン発見の映像はまことに特異な感動をもたらした。
土嚢の房のひ
もがもし土中からはみ出していなかったならば、そしてもしそれに米が気
づかなかったならば、イラクの歴史、日本の歴史、さらには人類の歴史も変わっていた
かも知れなかったからである!
あの場所での一枚の土嚢袋には不思議な存在感があった。
戦争と言えば、天理教教史に
おいては教祖年祭と合図立て合っている。120年祭は2年後(2006年)に迎えるので
あるが、全世界はいま先の見えないアフガンやイラク情勢をめぐってゆれに揺れている。
わが国でも自衛隊のイラク派遣の是非で国論は二極化され、識者がそれぞれの専門分野
から議論をいくら繰り返しても、テロの恐怖は厳然としてある。
フセイン拘束によって米国は事態好転を期待している様子だが、現実は逆に反米テロは
拡散・加速状態となり、ゲリラ戦化しつつある。
日清戦争が勃発したのは、教祖10年
祭(1894年)の2年前であり、10年祭前年に日清講和条約がなった。一方日露戦争は
20年祭(1904年)の同じく2年前であった。日露戦争も年祭前年に講和がなった。
第2次世界大戦終戦の年は、60年祭の前年にあたり、「復元」が打ち出された。
教史が
繰り返されるのなら、イラクの安定が見えてくるのは、2年後の120年祭頃とい
うことになる。国際関係権威筋の見方も事態の推移からおおよそその頃に標準をあてて
いるように見える。
「日清間事件に付朝鮮国へ人夫五百人本部より出す願」
(さ27/7/26)に始まる一連
の伺いのおさしづがある。応募者は2700名を超えたこの願いに対して、「事情はふでさ
きに寫してある」に始まり、親神の返答は派遣は「要らざる事や」と否定的である。
人夫とはいまで言えば武器を持たない後方支援のボランティア労働者というようなもので
あろうか。いささかの収入もあったらしくて、「さあ人夫出すと言う。日々の与えを取っ
て出るは、今までの事情、世界事情、精神誠の理を以て、たとい火の中剣の中とも言う。
与えを取って出るは、道に触れると言う。」と諭される。結局は、陸軍大臣に出願した義
勇人夫は当局からも採用されず「大変な事件であるが、ようまあという日が、今に見える
であろう。」と希望をも与えられ一連の関連したおさしづは終
っている。
「おふでさき」にある「謀反の根を早く切りたい」、「高山の戦いさいか治めたるなら」
といった親神の思いに到ると、如何にその憲法解釈が平和のための派遣の大義に添ったも
のであっても「律ありても心定めが第一」と教えられる視点に立つならば、自衛隊派遣に
は一天理教者として賛成できない。
小泉首相は戦争放棄という憲法第9条の「律」の枠
を、彼の政治倫理観にもとづく「心定め」で超えてしまったという皮肉な逆説が、反面鏡
となって天理教者にもいまその是非の決断を迫っているようにも悟れる。
(2003年12月18日記)
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