「人間は神によって土から、土中の暗黒から取り出され、明るい陽光のなかに置かれたのである。
そして、この道程を示すしるしが、人間に刻み込まれている。
即ち、人間の顔はたとえば何か遥かなもの、 暗黒なものから生まれ出るように、
背景をなす頭蓋から生まれる。組織づけられておらず、まだ目覚めて
いない何物か、いわば森で覆われているように毛髪でもって覆われた地面。。。
頭蓋と後頭部とから成る 顔のこの背景は丁度そのようである。
一挙に、飛躍的に、そして急激に、顔がこの背景から発生する。
頭蓋の卵形の球状態が開かれて、そこから顔は生れ出るのである。。。」

「顔の道程ー形なきものから形あるものへー」
『人間とその顔』
マックス・ピカート、みすず書房、佐野利勝訳, 1959


1)「扉」としての「人間の顔」  

 教祖が現身を隠される前夜の明治20年陰暦1月25日夜の「おさしづ」に「扉を開いて地を均そうか、
扉を閉まりて地を均そうか」という人間に決断を迫られる重大な一節がある。 問題はここに言われる
「扉」とは何を意味しているかという点である。つづいて「一列に扉を開く」と「ころりと変わるで」
と言われるところから、「扉」とは「いままでと」 新しい時代の境界としての「扉」なのか。
また「一列」とは、漢語の「一様」「同様」とも考えられる和語であるから、「扉」とは神から「一列
に」人間に与えられた「心」ないしは「心」の「場」としての「胸の内」の「扉」なのか、それとも神
が入り込んだ教祖の魂を指す月日の「やしろ」の「扉」を指しているのか。当時の緊迫した神人問答の
中で、このおさしづを突き付けられた先人たちは、その重大な意味を考える余裕はなかったと思われる。
かくしてその解釈は後世にゆだねられたが、あれから120年近く経った現在においても、管見によれば
この「扉」という言葉の持つ重大な意味世界をめぐっての教学上の解釈の深化は見られない。
つまり、「扉」は開かれても、「おさしづ」における「扉」の意味するところの重層的な「扉」の中味
はいまだ十分に開示されていない。


「実の箱」の中身としての「家伝」と「薬味」  

 象徴的に語られた「扉」の第一の意味は、明治20年正月26日午後2時おつとめが終わると共に、教
祖が息を遊ばされなくなり、「それより内蔵の二階の中にて、飯降伊蔵によりお伺いあり」「これまで
に言うた事、実の箱へ入れて置いたが、神が扉開いて出たから、子供可愛い故、をやの命を二十五年先
の命を縮めて、いまからたすけするのやで。しっかり見て居よ」とあるところに見られる。「実の箱」
ヘ入れて置いたものとは、「いままでようやらなんだ」と言われる「扉開いて、ろっくの地」にするた
めの、「さづけの理」であると説明されている。

 「実の箱」と言えば、その言葉に先行する有名なおさしづの「実があれば実があるで、実といえば知
ろまい。真実というは火、水、風」という一節や、「実のたすけ」「実のをや」という言葉がが即座に
思い起こされる。したがって「実の箱」とは単なる通常の容器としての箱ではない。その「実の箱」に
入れて置いたと言われることから可視的に連想されるのは、より具体的におふでさきにすでに示されれ
ていた「このたびハどんなむつかしやまいでも うけよてたすけかでんをしえる」(9-34)といわれる
「家伝」という「さづけ」を主体としたたすけの象徴的総合的表現である。

 さらに注目されるのは、続く35番に出て来る「たしかにやくみゆてきかす」という中の「薬味」とい
う絶妙な見立て的表現である。「薬味」とは山椒や唐辛子、生姜や葱などを薬味皿で調合し食物に添え
る香料を意味している。この「薬味」を「やまい」の「さとし」と解釈するとき、このたとえは「薬味」
の欠落した「さづけ」の取り次ぎは、さづけの受け手にとって味気ないものとなるということを示唆し
ている。「さづけ」には通常の料理とは異なったびりっとした「じきもつ」(9-60~64)としての独自
の香料をともなう「薬味」が必須であるところから、「薬味」を調合する取り次ぎ人には、身上者に対
する「さとし」におけるなるほどの力が問われるのである。

 また「薬味」の調合、つまり「さとし」の中身は、文化や病状など多岐多様に異なる相手の趣向を正
しく理解し、相手が納得するいんねんの内実に対応したものでなければならない。「薬味」には味覚へ
の刺激だけではなく「嗅覚」がともなっている。「薬味」はにおいをかける働きがあり、そのにおいは
取り次ぎ人の人格を意味しているとも解釈出来る。

 つまり「薬味」には異文化伝道をも視野に入れた「たすけ」にくわえて「にをいがけ」の意味も籠め
られているのである。広大な歴史文化的意味世界をもつ「薬味」という人類普遍の営みが本教の布教伝
道に見立てられているのは、驚くべき発見であった。「元の理」の人間創造において親神が道具衆を
「食べてその心味わいを試す」という行為も、究極において人間救済の方途に繋がっていることが「薬
味」という見立ての読み込みに置いて感触される。

  このような次第で「家伝」とは、「さづけ」と身上の「さとし」が二つ一つのセットとなっていると
理解すべきであろう。「家伝」とはまたその家代々に伝わる宝物に相当するものであるから、宝物が保
存される「実の箱」は当然金庫や蔵の中にしまって置くものと考えられる。したがって「扉」とは、当
時やまとの農家も使用していた金庫の「扉」、「蔵」の「扉」をも同時に指しているという解釈も可能
である。  

開かれる「扉」の意味世界   

 第二に「扉」とは、具体的に神言が飯降伊蔵を通して取り次がれた聖なる空間としての『内蔵』の
「扉」に対応しているとも考えられる。第三に「扉」とは、「一列に扉を開く」と言われる視座から考
ると、本論で仮説として拡大解釈を試みる「元の理」における親神によって見澄まされる「人間の顔」
にも通じているとも考えられる。ここでは「人間の顔」は「心の扉」として解釈される。
 「心の扉」を開くとは真実の「顔」を見せるということに他ならない。神の似姿としての「人間の顔」
にも、「心の鏡」として、その人の思いや性格が自ずとその「顔」に現れる。

「人間の顔」と「人間の心」の関係は、世界と各自の「胸の内」が照応関係にあると同じように、また
神の胸の内に人間の心が映るように、両者は「扉」として開かれた二重の意味で両面鏡の関係にある。

 1838年10月26日、立教直後から3年3月、教祖の籠もられた『内蔵』の「扉」は、人間界と神界の
境界をなしていると考えられる。開くことを前提として籠もられた『内蔵』の「扉」は、「月日の社」
としての存命の教祖の開かれた「扉」とも重なり、中に月日が籠もり居ると教えられる「赤衣」からな
る証拠守りともその理が重なってくる。「このたびはかみがおもてへあらハれて なにかいさいをとき
きかす」と唱われるのは、人間の眼前に親神が「対面」する円の形で「人間の顔」が手ぶりで表現され
ていることが注目される。

 このように考えてくると「扉」を開くということは、神が人間の「面」「表」に現れ、その働きが教
祖存命の理を通してよろづたすけに収斂されるというきわめて重要な象徴的教語として浮上してくる。
かくて、「扉」という言葉のもつ意味世界は、単純ではなく複雑な入れ子構造を為しており、『内蔵』
と同様に、他宗教には見られない天理教独自の教義的位置を占めることとなる。  

 そこで平成13年度のおやさと研究所主催の教学公開講座では、筆者はこの教祖の命のかかった神人
問答におけるキータームである「扉」は、どう考えても本教の天啓とは歴史的に不可分な、先ず立教に
際して教祖が閉じ籠られた『内蔵』の「扉」、本席が「おさしづ」を取次がれた『内蔵』の「扉」を象
徴的に暗示しているのではないかと考え、『内蔵』の黙示的解釈の延長線上にこのことを示唆したつも
りであった。通常の世界において「蔵」はその家にとって大切な物が保存される場所である。

 しかし、中山家の『内蔵』とは、立教直後において天理教の根源的教義である「泥海こふき」と言わ
れる人間世界の創造説話である「元の理」が、天啓を通して発現された聖なる空間であり、「おさしづ」
がひながたの道の終局時点において、飯降伊蔵を通して伺われた特殊な場所であった。  

 それではこの『内蔵』の「扉」とは一体何を意味しているのか。「蔵」の「扉」には閂が、つまり鍵
が、通常の住居は内側にあるのとはちがって建物の外側に取り付けられている。この鍵の内外の位置の
違いに注目することが、「扉」という言葉の新しい解釈にヒントを与えてくれる。  

 つまり、教祖が現身を隠された後「扉を開いて世界をろくじに踏み均しに出た」(さ20/2/24)と
語られる飯降伊蔵が取り次いだ「おさしづ」は、いままで神のことばが発せられた場としての『内蔵』
の「扉」が、内側から開かれ、それが外に向かって発せられるという象徴的表現である。しかし、それ
も人間が「扉」の外側につけられた『内蔵』の閂を自律的に開くことにより、始めて可能となったとい
う意味に解釈することが大切である。

 人間が「扉」を開くという意味を正しく理解出来なかったという神人問答のある種の不可解さは、人
間の心の自由を信仰の命題とする問答の本質的背景から見るならば、神の力点は人間とは次元の異なる
「教祖存命の理」という局面に置かれてあり、人間の言語上の不可解さは問題ではなかったと解釈する。
したがって人間に対して「扉」を開いて地を均そうかという問いの意味は、人間がその扉を外側から開
くという信仰的行為が前提となっている。この前提はこの教祖が現身を隠すという決定的場面だけでは
なく、いまもこれからも継続されていく「教祖存命の理」という信仰上もっとも重要な真実である。そ
ういった暗黙の条件を理解した上で、「扉」が内から開かれたと理解するのである。かくてひながたの
道の元一日の場であった『内蔵』の「扉」を開くことによって、世界だすけの教祖年祭の元一日の「扉」
が、神人合意の上で開かれることになった。

 『内蔵』の神秘の「扉」は、通常の人間にとっては常に閉ざされている。「おさしづ」の場合は、
「扉」の開閉は教祖によって内側からなされるのであるが、その鍵の開閉は外側の人間によって行われ
るという状況に設定されている。つまり、扉の外側にいる人間にその開閉の決定をまかされているとい
う対話形式になっている。おさしづにおいて、親神は人間に「神か律か」「扉を開くか開かないか」の
「あれかこれか」の二者択一の決断を迫っているのである。決断はそれがなんであれ人間の自由である
心が自主的に行うものである。決断は行為を促し、その行為には責任がともなう。その人間の決断によ
り「扉がひらかれた」後、「扉を開いて地を均す」という意味は、『内蔵』から外に出て、教祖が「内
蔵」の内実に対応する孤高の山に閉じこもった仙人としてではなく、里の仙人として、世界だすけに存
命同様に働くということであった。

 人間の心の内奥、また胸の内にも、さまざまな意味の「扉」があるにしても、その「扉」を開くこと
の信心における重大性を、教祖が自らの25年の命を縮めて仕込まれたと悟らなければならない。ちなみ
に、「みかぐらうた」の「胸のわかりた」という手振りは、あたかも「胸の扉」が開かれるという動作
をともなっている。また、つとめの第2節における「これはこのよのはじめだし」という手ぶりにも、
人間生命誕生の「扉」が開かれる形が見られる。
 
 「扉」はその内側への入り口であるとともに、外側への出口でもある。つまり「扉」は一枚として数
えられるが、内界と外界に接する「二つ一つ」の側面を持っている。それは生死を区切る「扉」でもあ
り、新旧の時間・時代を区切る境界とも解される。また、「扉」の内側を人体の内部と考えれば、「扉
」の表側は体内の状態が外面に現れ出た「顔」、つまり「人間の顔」に見立てられる。その「扉」の外
面に見立てられる「人間の顔」を、生命形態論、言語論、社会文化論などからも迫って見ようというの
が本稿のねらいである。  

2)「もと」と「元」   

 管見にしたがえば「もと」とは、粘着語系列「まみむめも」の「も」と動作語系列「たちつてと」の
「と」という最後の発語をつなぎあわせたもので、どろどろした感じと、初動を含蓄するとっかかりの
感じが言霊として響いてくる。また、賀茂真淵は50音図のオ段は「たすくる言葉」としているから、
言語的にもやまと言葉のマ行タ行のオ段からなる「もと」という言葉は、あたかも泥海から神が働いて
すべてが始まり、逆に泥にまみれた被創造物をたすけるということを暗示しているかのようである。

  前者は元始まりに対応し、後者は入信におけるたすけられた元一日に対応する。かくして「もと」と
いう言葉には「創造」と「救済」という概念が共存しているように感じられる。「もと」は漢字で「元
」と書くが、「おふでさき」においては「元なるぢば」「元なるのいんねん」「元なるのをや」「元は
じまり」など、例外も見られるにしても、「もと」というひらがな表記ではなく、あえて「元」と漢字
で表現し、形容詞的用法をともなって強調的に表記されている感じがする。

 大半がひらがなで表記されている「おふでさき」においては、漢字の使用は大海の水平線上に浮かぶ
突出した島のように、とりわけ際だった形で視覚に飛び込んで来る。それは強調されている「元」とい
う語源が「人の首の部分を丸く大きな形で示した人の全身形で、首を現して、元首という」とあり、説
文においては「始なり」との訓を得ている事からしても興味深い。    

 さて、「おふでさき」には、原初において月日親神が泥海の中のぎとみをよく見澄まされると、両者
は「人間の顔」をしていたとある(おさしづにおける「顔」については「グローカル天理」2004年2
月号巻頭言参照のこと、ここではふれない)。「顔」には、額があり、目があり、頬があり、歯があり
口があり、鼻があり、耳という部分(道具)備わっている。この「かを」ということばに代表されるや
まと言葉は、単にものを指し示す記号ではない。それはまさに芽が出て、穂が出て、葉が出て、花が咲
き、実が実り、食うと血になるから口というように、「顔」は植物の生成過程に対応する思想言語とし
ての働きを持ち、農耕民族のコスモロジーの場を現している。

 こういう言語の一見異質なものをつなぎ合わせ包摂してしまうという働きがやまと言葉には極めて数
多く見られるので、やまと言葉からなる天理教の原典を外国語へ正しく翻訳するのは至難の技というこ
とになる。たとえば、「おふでさき」の場合、第1号の第1首の突端から出て来る「よろずよ」の「よ
」という言葉からして、漢字で書けば代、世、万、齢などに示されるように拡張性があり、一字で複数
の意味をもっているから、それを外国語に一語で置き換えることは不可能ということになる。(「原典
翻訳論考」「天理教用語不翻訳の条件」『世界宗教のへ道ー異文化伝道入門』井上昭夫 地域文化研究
所 1982 )。  

 「おふでさき」や「元の理」の素材となった「こふき話」は、やまと言葉による教祖の語りが、その
まま弟子たちによって筆記されている。教祖はそれを見て良しとはされなかったと言われるが、却下さ
れたわけでもない。この「こふき話」に見られる曖昧さは、それが教祖の天啓によって伝えられたとい
う点に由来する。その曖昧性は「元の理」は人間が考え出した哲学や思想のテキストではないという主
張であったとも解釈出来る。

 「元の理」は非常に簡単明瞭で、長文の哲学書に見られるような分析・批判の対象となる厳密な整合
性を持っていない。したがって「元の理」を常識でもって読むと荒唐無稽な話しとなる。「元の理」を
理解するには「このよふハりいでせめたるせかいなり なにかよろづを歌のりでせめ」(1-21)と「お
ふでさき」にもあるように、理性の力というより詩歌を読み説き、味わい、深く感動することができる
、感性の豊かさや直観の鋭さが求められる。
 
 「元の理」は常識を超越し、しかも普遍性を秘めた独自のひらめきと悟りがなければ、その深みや意
味するところがつかめない。「悟りないのが神の残念」と言われたその残念の対象はこの究極点を指し
ている。もちろん理性の力も求められるが、人間の理性は神の世界の真実を聞き分けるのには、力とし
て知れたものである。直観したところを言語化するために、表現力や論理性といったものが不可欠だが
この時点でのみ理性が必要なのであって、理性は直観した真実を文章化する単に道具に過ぎないとみら
れる。

 したがって、直観に裏付けされていない「元の理」研究は、ひらめきによる個性に欠けているから魅
力がない。何故ならばそれは単なる「元の理」の言葉による説明に過ぎないからである。活きた天理教
学は、単なる教理の解説や反復からは生まれて来ない。そこには隠された意味の深い読み込みと、あら
ゆる角度からの巾広い展開が求められる。教理のあたらしい解釈とは、常に既存解釈の切り口をなぞる
ことなく、未開拓の領域に敢然と挑み、そこから開けて来る青々とした地平を俯瞰できる、新鮮で且つ
意表をつくものでなければならない。


3)「ひろめ」の理ばなしとしての「元の理
 

 筆者は「元の理」は、「つとめ」の理はなしや「たすけ」の理はなしに止まらず、それは「ひろめ」
の理はなしであると言い続けて来た。「にほんにもこふきをたしかこしらへて それひろめたらからは
ままなり」(10-88)と「おふでさき」に教えられるからである。

 つまり、「元の理」は天理教信者の独占物ではない。「こふき本」の研究を通して「元の理」に思想
的・哲学的な領域からあざやかな光をあてられた先駆者・蔵内数太氏の言葉を借りれば、「元の理」は
その中からさまざまな世界的思想や哲学がつくり出される人類にとっての普遍的な資源、つまり氏の言
葉を借りれば「人類の宝」であるというわけである。

 「おふでさき」にも「このよふの元はじまりのねをほらそ ちからあるならほりきりてみよ」 (5-85)
とある。この一首は親神より人間に突き付けられた挑戦状である。私たち信者には、この教祖の言葉を
知ったその時から、つまり明治7年(1874)にこの一首が啓示された瞬間から、その言葉に応える義務
が生じたと考えられる。しかし、それから130年を経た現在に置いても、その義務はいまだ果たされて
いるとは言えない。

 「人類の宝」として「元の理」を信仰者の世界に閉じ込めて置くのではなく、教外の「高山」の人た
ちにもさまざまな専門とする学問の領域からその展開してもらい、ひろく知らしめることが大切だと考
える。「元の理」の「ひろめ」は、いまだ教祖の思いに十分に応えていないという意味で深くさんげし、
いわば閉ざされた天理教の内側からその「扉」を開き「ひろめ」を進めなければ、教外から自律的に「
元の理」のあらたな「扉」が開かれその実の「ひろめ」はなされるものではない。

 しかし、率直に申してこの「人類の宝」の発掘は、内側からだけでは現在のところ実力不十分を免れ
ない。そこで教外の優れた学者、知者に焦点を定めて「元の理」の宝の発掘にその協力を求めて来た。
その成果は『講座「元の理」の世界』7巻などにまとめられている。

 想い出せば、不遜にも筆者は「おふでさき」5号-85番のお歌の意味を「元の理」の「ひろめ」は、
「こふき」が普遍的思想の源泉的テキストとして正当な自由を世界の思想界に置いて獲得すべきである
という解放運動と捉えたのである。幸運にも、当時の天理やまと文化会議では、その予算づけがなされ
た。

4)「元の理」ひろめのプロセス概観
   
 「元の理」の「ひろめ」の第1段階は、教外のすぐれた国内外の学者に協力を求めて、その人たちの
専門分野から直観的に見えて来る「元の理」の特殊的風景や構造を語ってもらうことであった。その語
りは13の学際的分野にわたり、『G-TEN』や『講座「元の理」の世界』7巻などにまとめられている。
その結果学んだことは、それぞれの学問分野で優れていればいる人ほど、その学者の「元の理」の読み
方には新鮮さと深みが見受けられたことである。

 換言すれば、「元の理」の解釈の独自性は、それを読み込む学者の専門領域の実力と正比例している
と思われた。つまり、ここにおいて「元の理」は人類の普遍的な比較宗教学のテキストとして客観的な
位置を獲得したと言える。この「元の理」が得た学門的側面の成果は当然とは言え、それは「元の理」
の「ひろめ」の初期における教義研究史の上で意義ある収穫であったと評価されるであろう。

 第2段階は「元の理」を外側からキリスト教の「聖書」学のように普遍的思想のテキストとして解釈
する態度に止まらず、その内側から実践可能なものを抽出し、それを現実の行為に展開して行こうとす
る段階であった。その理念のバックボーンは「元の理」のコスモロジーに立って、「元の理」をエコロ
ジーの視座からとらえ、それを現実の「たすけ」の場に展開出来ないかというものであった。そのひと
つが自然界に存在するさまざまな無数の「微生物」を「元の理」の無数の「どじょう」に見立てて、そ
の潜在的機能力を活かす「バイオレメディエーション」と呼ばれる環境修復技術をアメリカのテキサス
大学のカール・オッペンハイマー博士に師事し、シンクタンクとして著名な未来工学研究所と共同調査
研究を行い、具体的には海上におけるタンカー座礁による原油汚染や土壌汚染を修復する有効な生物科
学技術としてわが国に紹介した事があげられる。

 この技術はロシア船籍ナホトカ号事故による日本海原油汚染の際に広く新聞記事やテレビでも取り上
げられたが、本題に関しては拙論「『泥海』からの環境倫理」『天理教学の未来』にくわしい。

  次ぎに「ひろめ」の第3段階としては、「元の理」の「泥海」の「泥」からエコロジカルな発想を
得て、現在実践している、アースバッグ(土嚢)と竹によるホームレスの人たちの自立支援を目指した
「天理エコモデルシェルター」の建築である。ヒントはカリフォルニア州のヘスペリア砂漠において実
験棟を建築中のカル・アース研究所長ナーダ・カリーリー教授によるスーパーアドベと呼ばれる、耐震
構造が強く安価な自然建築法からの応用である(『元の理』エコロジーの展開」『天理教学の未来』}。

 私たちはいままで、天理にまずそのプロトタイプを作り、地震被災地である神戸市長田区やインドの
グジャラート州地域でボンガとも呼ばれる土嚢シェルターのモデル建築を行い、いまアフガニスタンで
もそれを進めようとしている。ここで詳しく述べるスペースはないが、このようなささやかな実践から
私たちが得た体験知による天理大学生たちへの異文化・人間教育効果ははかり知れない(『インド派遣
隊報告書I,II)。この独自のプロジェクトはめづらしさもあってかテレビや新聞でひろく紹介されたが、
実はこのプロジェクトに一貫して通底する思いは、シェルター建築を通して現代の功利主義へのアンチ
テーゼというひながたの道を貫く思想的・信仰的メッセージの世界へのささやまかな発信であった。

 理性の力は、実動につながる動機は与えることができたとしても、自らの行動に劇的変化をあたえる
力を凡人に及ぼすものではない。人間は左脳と右脳が分離しているように、理論と実際、あたまとから
だが分離し勝ちである。信心においても同様に教理と実践を合一させるのは至難の業である。このこと
は通常の学者の世界を見てもよく分かる。同じような講義や講演、あるいはまた新しい論文も場所や時
をかえてくり返しアウトプットされているが、そのことによって学者自身の人格や生活はよほどのこと
がなければなんら変わることはない。つまり、当人が予想もしない革命や戦争に巻き込まれたとか、無
辜の身内の命が奪われたとか、生死の瀬戸際の直接体験を経なければ、本物の思想はなかなか生まれな
いのである。

 たとえば、サルトルやリクールを現象学に導き、戦後フランスにおける現象学と実存主義の基礎を築
いたといわれるフランスのユダヤ系哲学者エマニュエル・レビナスの偉大な思想などは、第二次世界大
戦中にドイツ軍に抑留され、身内の死という過酷な体験なしには、生まれて来なかったであろう。レビ
ナスの難解な現象学的神学は、「人間の顔」、特に「他者の顔」と言われるものを主軸に展開されて行
くが、本論考では触れず、「元の理」解釈の深い読み込みのための参考文献としてまず『レビナス入門
』(熊野純彦著 精興社、1999)を紹介しておきたい。
 


5)「泥海」化する世界と「元の理」への回帰

 いま世界は環境問題はもとより、テロの恐怖などをめぐって、ますます泥海の様相を見せている。日
本も戦後半世紀以上をこえ、自衛隊イラク派遣をはじめ、憲法問題や長期不況の中、いまだ行き先が見
えない大変な時代の中にある。昨年の平成14年は自殺者が4万人近くを越えたと推測され、世界におけ
る貧富の差は依然拡大し続けている。このように「世界だすけ」といっても、その世界規模レベルでの
「世界」の内実は、内外ともに百年前とは激変している。それがグローバリゼーションの影響をうけ、
私たち家族や個人の生活のすみずみまで物質的にも思想・文化的にも忍び寄って来ている。

 この事実を平和ぼけせず、まず真正面から私たちは正しく認識し、厳しく押さえておくことが大切で
あろう。「いままでも今がこのよのはじまりと ゆうてあれどもなんの事やら」(7-35)と親神は慨
嘆される。親神の思いである「元の理」が暗示するる「泥海」と世界の「今」の「泥海」と対比させて、
その救済の方向を教学の根底から掘り起こし、教内外に説得力ある平和思想として発信することが関係
者にはそれぞれの立場で義務づけられている。

 私たちの教えは時代と空間をこえて永遠の真実である。しかし、この教えの不変的原理を、可変的
「世界」のたすけに如何に有効的に展開して行くことが出来るかをいま私したちに問われていることを
忘れてはならない。泥沼化する「世界の鏡」には、人間元始まりの「泥海」という原点に戻り、自らが
泥にまみれて親神の思いを深く思案してみよというメッセージが読み取れるからである。世界はいまま
ったく先の見えないカオスの状態にあり、「元の理」の原初にむけて振り出しに戻ろうとしているよう
に感ぜられる。

「分離の病」の治癒に向けて

 21世紀を迎えて、世界は10年前には誰も予想しなかったような泥沼化の様相を呈して来ている。そ
の非条理な歴史的現実の中で苦しむ人たちに、心のまなざしを向けることなく、冷たい客観主義や保守
主義の立場から「元の理」の知を語ろうとするのは「知と情の分離」に陥っている信仰である。 また、
専門的な学問分野に片寄って「元の理」の知を細微な領域に分断し、その他のアプローチに無関心であ
ったり、学際的展開から目をそらすのは「元の理」からダイナミックな生命力を奪ってしまう「知と知
の分離」に侵されていると言える。そして「元の理」の知をいつもと変わらず、テレビコマーシャルの
ように文字どおりに反復するだけでは、そのような知はあなたまかせの知で、あらたな信仰体験に裏打
ちされていないから「知と行の分離」に侵されていると診断できる。

 私たちはこのような三種類の「分離の病」に犯されない教学の知のスタイルを築いて行かねばならな
い。さもないと教えられた教理が、現実の問題に鋭く切り込んでいくパワーを喪失してしまうというこ
とになる。この公開講座は少なくともその危険を避けるために開かれている。例えば、「いさみ」につ
いて研究成果を述べた発表者は、その直後から「いさみ」にあふれていなければ、「知と行の分離」に
侵されているという自己批判が必要である。天理教学は知行合一がその目指すところであるから、教学
に携わるものには、たすけの第一線で呻吟している単独布教師と同じレベルの真剣さが求められる。ま
た、もちろん聞き手側にも聞きに来る意志のある限り、「知と行の分離」に感染している病人であって
はならないという厳しさが求められる。

  教理なき信仰は盲目であり、信仰なき教理は空虚であるとはこの「分離の病」の症状を指している。
教祖に教えて頂いた教理やひながたの道は、悩むものへの単なる慰めにあるのではなく、たましいの
癒し剤でもない。たすけの道具として頂いた教理は、私たちの心の成人、つまり天理教者個個人の自己
変革への手術に必要な切れ味のよい研ぎすまされたメスに喩えられる。切られたら痛い。

 しかし、この痛みがなければ、つまり陣痛の痛みがなければ生命の誕生のよろこびは得られない。そ
もそも「諭達」の「諭」という言葉の意味も、神の言葉を鋭いメスとしてたましいの膿を摘出するとい
う語源を持っている。ただ読むだけでは絵に描いた餅である。信心には、さんげを前提としたこころ定
めと、その実行が身に付く営みとして強調される所以である。


6)「よく見澄ませば人間の顔」の解釈

  前置きが長くなったが、このような前提の元に本論に入りたい。  筆者が与えられたテーマは「元
の理」の「もと」である。そこですぐ思い出される「おふでさき」は、第6号の一連のおうたである。
そこでその要となる33番から35番までの三首について筆者の考えを述べて見たい。
 このよふの元はじまりとろのうみ そのなかよりもどぢよばかりや (6-33)  
 そのうちにうをとみとがましりいる よくみすませばにんけんのかを (6-34)  
 それをみておもいついたハしんぢつの  月日の心ばかりなるそや (6-35)  
この3首のなかに出てくる言葉はどれも一字たりともおろそかに出来ない重要な意味をもっている。
とてもすべてにわたって筆者の考えを述べる時間はないが、33番についての上の句は、易学思想にも
詳しい社会学者蔵内氏の「元の理」を精微な哲学の大系ととらえて展開された「『元の理』と世界思想」
という論考が極めて啓蒙的である。氏は「元の理」はいたるところで世界の大きな思想の流れというも
のに結びついているから、「元の理」を解釈するに際しては、どうしても一方に世界思想というものを
考えることなしには味わえないと述べている。

 たとえば人間創造には、たねと苗代が要るとあるが、ここではアリストテレスの形相と質量をすぐさ
ま連想しなければならないと言う。  また下の句については、大橋良介教授による「『元の理』の比
較宗教的分析」が鋭く、特に「どぢよ」を他の道具衆と比較して、その新しい存在の「場」を浮き上が
らせ、その独自性に「無名」「無性」「無方位」「無規定」「無数」「無身体(魂)」の6種の特性を
与えて、「元の理」を比較宗教学の普遍的テキストとした解釈は、読者にその分析力において強烈な印
象を残したと思われる。西田哲学の影響がその思索の背景にかいま見られ、「元の理」を体系的に分析
統合した珠玉の作品となっている。この論考は京都大学人文科学研究所刊『人文学報』第65号に掲載さ
れたものである。この二編は「ひろめ」の視点からみた「元の理」研究では見落とすことが出来ない、
学問的に普遍性をもつ教外学者によるすぐれた哲学的論考となっている。

 また、同じく34番の上の句については、佐藤孝則教授の「『元の理』の水域棲動物ー『うお』と『
み』の動物的解釈」がユニークである。この論考は、こふき本山中本のぎの表現が他のこふき本と極め
てその描写が異なっているところに注目し、そこからヒントを得て展開されたもので、将来他の道具衆
としての水性動物の解釈が、生態解剖学者であり、いまや思想家としても高く評価されている故三木成
夫教授の論考や対談「生命記憶と『元の理』」の延長線上にどのように展開されていくかが期待される。
さんしょう魚とされる「ぎ」は、泥海における唯一の両棲類であるが、哺乳類のシャチ、爬虫類の亀、
黒ぐつな、魚類のかれい、ふぐ、うなぎに関しても生態学からの全体を統合的に視野に入れた研究が望
まれる。

 原典に頻出する農作物や建築用語などの専門分野からの教学研究はほとんど未開の分野として残され
ている。ちなみに生態学から見た三木教授の「元の理」に関する文献は、氏の著作集や『ドルメン2:
特集 胎児の生命記憶ーネオテニー』といった教外の専門誌にもその全文が引用紹介されている。

 次におふでさきの6号35番の「それを見て」とは、「人間の顔を見て」という意味であるから、「
人間の顔」が認知されなかったならば、神は人間を創ろうとは思われなかったということに注目しなけ
ればならない。うをとみがいても、それが「人間の顔」をしていなかったならば、人間の創造はなかっ
たということである。「元の理」では、うをとみの形象よりも「人間の顔」に力点が置かれているので
はないかと考えられる。筆者はこの「人間の顔」を英訳する時に、単数ではなく「human faces」と
複数に表現した。その意味は面としの固定化された顔ではなく、喜怒哀楽を表現する内面に対応して変
化すると言う意味での動く顔、活きた顔、生成する顔であり、また男女として、夫婦としての独自性を
もった顔ということを押さえた上での複数的表現である。

 そこで、その「人間の顔」を見て「思いつかれた」(36番)につぃては、芹沢茂教授の「それから
ハたしかせかいを初よと 神のそふだんしまりついたり」(39番)との解説に注目したい。そこには
「思いつかれた」のは月日両神であり、「神の相談」はうをとみを加えた4人であり、人間守護始め
かけたらと[談じあった](6-84)のは、6柱の道具衆をよせた10人であるという人間創造にあたっての
神の話し合いの順序が伺われる。この順序は、人間の望まれるべきものごとの決定に至る話し合いの順
序を示唆されたものとも解釈される。氏の論考「おふでさきと『元の理』」を参照されたい。 いずれ
も『講座「元の理」の世界』のシリーズのなかに掲載されているものである。

 さて、そこで筆者は「よくみすませばにんけんのかを」という32番の下の句の「人間の顔」の意味
について考えて見たい。不思議なことになぜかいままで天理教教学研究史において、「元の理」の人間
創造における「人間の顔」の意味についての論及がなされていなかったからでもある。  まず、最初
に取り上げる問題は泥海の中で「よく見澄ます」とは、どういう状態のもとで可能なことなのかという
問題である。見澄まされたうをとみは、泥海の底辺近くに潜っていたのではなく、見澄まされたときに
は比較的濁っていない水中から月日親神によって呼び寄せられ、海面近くに上昇していたに違いない。
泥海で泳げるということは、水面と海底が同じ泥土の状態であるということではないからである。月日
と地球の重力の影響によって泥海の泥土は下方に沈澱して行くにしたがって海面に近い水は澄んで行く。
しかし、もちろんうをとみの泳いでいる水中は濁り水の状態であり、したがっておぼろげにその存在が
確認される層において泳いでいるという解釈が成り立つ。どぢよとはよく似ているそのものをにごり水
を通して注意深く見澄まされると、それが「人間の顔」をしていたということであろう。

 ここで素朴な疑問として注目されるのは、まず第一に、見澄まされた「人間の顔」とは胎児なのか、
幼児なのか、成人なのか、老人の顔をしていたのか、そして性別はどうであったのか。また「うろこな
しなる人間の肌」といわれる肌の色とは、白色か黄色か黒色であったのか。加えてその「顔」は喜怒哀
楽を現し変化する「顔」であったか、はたまた「横顔」(プロフィール)も見られたのか。 一時さわ
がれた「人面魚」のような静止した「面」のような姿であったのか。つまりどういう風貌であり、そ
して「顔」とは一体「面」とはどのような関係にあり、何を意味しているのかといった数多くの難問
が、この「人間の顔」という表現の中から突き付けられている。

 第二の疑問は、泥水の中で「おぼろげ」に「人間の顔」は神によって認識されたのか、「はっきり
と」明確に認識されたのかという問題である。この問題は聖書学に端を発する認識論の問題である。
つづく第三の問題としては、見澄まされた「人間の顔」をたとえば「神の像」、つまり「鏡」として
どのように解釈できるかという天理教教理からの問題提起である。この「顔」と「面」、「顔」と認
識論、「顔」と「鏡」の三つの問題は別の機会に論及したい。関係する文献としては『世界は鏡』
(井上昭夫編著 天理やまと文化会議)を参照されたい。  さて、まず泥海の中を「見澄ます」とい
う行為について考えてみる。親神による「泥海中の見澄し」という行為の哲学的な解釈については、
「啓示神学としての『泥海中の見澄し』」において、「見澄す」という行為は、実在的な可能性に対
して、それは現実世界の始まるまえの時間を超えた領域での純粋な可能性であるとし、ホワイトヘッ
ドの自然哲学を援用して、荒川善広教授が展開している。この点についえは氏の近著『「元の理」の
探究』(グローカル新書4)を参照されたい。しかし、氏は見澄まされた「人間の顔」については、
一言もふれていない。将来氏が専門とする哲学の視座からこの重要な教学の命題に迫られんことを期
待したい。

 ここでは筆者の少年時代の遊びの原体験を思い出しながら、「見澄す」という行為について身近な
例をあげて考えて見る。私たちがこどもの頃の愉しみと言えば、池の「かいどり」という毎年行われ
る行事であった。ある先輩は大きな鯉一匹を75円で近所の料理屋に買い取らせたと自慢する程魚取り
にかけては天才的能力をもっていた。一年に一度池の底の栓を抜いて水を流してしまう。そのために
池の魚が泥水の中に残される。人間が池の中に入って三角網で鯉や鮒、そしてどじょうやウナギなど
を取る。残った水をかき回わされ泥のなかで酸欠状態になった魚たちは、もがき苦しむ。うなぎ取り
のおじさんは池の土手の上から、池の表をじっと見澄まし、泥土から岸に這い上がって逃げようとす
るうなぎを見つけるやいなや土手を滑り降り、両手で掴み上げ岸の上にむけてうなぎを放り投げる。
池の中に入ってしまうと、水面の全体の動きが見渡せないからである。「よく見澄ます」に必要なこ
とはこういう姿勢をいうのだろう。

 また現在の天理市を東西に走る北大路に面した教祖殿の北側には、通称鉋工場のそばにあった「
かんな場の池」と称される池があった。それはにぎやかな池の 「かいどり」行事が終わったあくる
日の朝のことであった。前日一匹も魚がとれなかった小学校生の筆者は、早朝かんな場の池に魚を
探しに行った。静けさを取り戻した水の退いた池の中央に直径20センチほどの小さ水たまりが離れ
島のように残っていた。岸辺からは、その水たまりの中に棒状のようなものが見えたので、何かと
思い泥土を踏み分けて近づき上からしゃがんでよく見ると、澄んだ水 の中に見られたものは、昨日
の賑やかなかいどりから活き残っていたウロコが泥まみれの一匹の鮒 であった。近づいてじっと上
方から見下ろさなければ、その全体像やかすかなひれの動きは見えず、 遠くからでは一本の棒のは
し切れとしか見られなかったであろう。

 つまり、「よく見澄ます」という行為には、見る主体者が見られる対象の近くに位置するという
条件が必要だというわけだ。上方から見澄ました場合「顔」を見せるうをとみは、上方を見上げる
垂直の姿勢でなければならないということになる。こえは不自然な姿勢である。また、月日が大龍
・大蛇の姿をして泥海の中にいたと解釈するなら、それは上下の位置ではない水平の状態での「対
面」認識となる。しかし、泥海の状態が重力がまだ存在しない空間であると解釈すると、それは無
重力空間をただよう宇宙船と同様に、地球上では有効な上下左右と言った方向は存在せず、方位の
問題は解消する。

 いづれにしろ、うをとみとはこのような状態、つまり対面の状態で「よく見澄まされ」、その顔
面が「人間の顔」であることが確認されたのではないか。親子対面の状態で「顔」が見澄まされた
ことは信仰生活のあり方にとって非常に重要な示唆に富んでいると気づかねばならない。ここのと
ころを「こふき本」では「みすませば、ぎぎよとゆううをがいる。此のうをわ人ぎよともゆう魚、
人げんのかをで、うろこなし」(『神の古記』)と表現されたり、「ドロウミ中ヲヨク見スマセバ
、魚ト身トヲマジリイル。能見スマセバ、人間ノ面」(説話體14年本・『喜多本』)などと表現
している。ここでは「うろこ」につての解釈は割愛するが、前者の「かを」は明らかに「顔」であ
り、後者はかお、つらとも読める。しかしその「面」という漢字表現からは、かぐらの「面」がす
ぐさま脳裏に浮かぶ。


7)かぐら面と「人間の顔」    

 かぐら面は獅子面2個、男子顔面4個(内一個は天狗面)女子顔面4個の10面からなっている。
くにとこたちとおもたりの面は、人間の胎児が生命の系統発生のプロセスを経て海から上陸を果たし
た、受胎後40日から45日目位と説明される原始霊長類段階の顔貌に酷似している。筆者は三木成夫
の胎児解剖図のシェーマを見てその原形的類似性に驚嘆した。一般に使用される獅子面の顔つきは、
流産などを通して母胎から出る古代人が見た人間生命の原形へ驚きが形象化したものと思われる。
その突起した「顔面」の部分は、海中から這い上がり、鰓呼吸が肺呼吸に完成したときの顔つきを
示し、耳も含めて顔の部分は揃っている。高さは「5分5分と成人する」と啓示される「元の理」
における「5分」の高さが、この上陸時の背の高さであることも驚きであった。泥海の中で人間完
成の道具として使われる水性動物については、三木成夫著「生命の記憶としての『元の理』」『G
-TEN』22号を参照されたい。この論考は「元の理」研究者にとっては必須の文献であり、教外の
専門書にもしばしば引用されている。  さて、つとめの鳴物一切は許すが、「めんはぢばかぎり」
(さ22/4/24)と強調されるのは、「面」と人間宿し込みの「ぢば」は不可分の関係にあることを
意味する。(『ひとことはなし その三』中山正善)。

 かくて人間が宿し込まれた「もと」始まりの「ぢば」においては、つとめ人衆の心魂を表出する
「人間の顔」がつとめの「面」(仮面)をかぶり、甘露台を囲んで「かぐらづとめ」をつとめるこ
とによって象徴的に神の働きを動作で表現し、静止したかぐら「面」は動く「顔面」に昇華される
ことになる。十全の守護の道具衆によるつとめにおけるしぐさについては拙論「『元の理』の空間
構成が織りなす秘義」(『天理教学の未来』)を参照されたい。

 このように考えてくると、「元の理」は、よく見澄ませば「人間の顔」で完結しているのである。
原初において神によってよく見澄まされた「人間の顔」は、いまの「人間の顔」に辿り着く迄の模
様、つまりそのためのひながた神と道具衆の納得と談じあい、原人間の成人と自然世界の共進化の
プロセスの説明になっていると解釈される。「今がこのよのはじまり」と、いまが「今」と漢語で
表現されているのもこの「顔」に力点が置かれているにほかならない。こういった理由で、現在も
変化して止まない「人間の顔」の持つ意味世界の研究は、「元の理」研究にも欠かせない重要なポ
イントとなることが理解出来るのである。「顔」は心の今を現出し、しかも通底して個と種の個性
と特殊性を維持している。

 つまり、「顔」は現在をあらわし、過去をあらわし、未来をあらわすのである。それゆえに「人
間の顔」は時空を超えて「元の理」の原初に繋がり、親なる神と繋がっている。6柱の道具衆は親
神によって食べられ、その心味わいが試されるが、「人間の顔」をしたぎみのひながた神は親神に
よって食べられることなく、「見澄まされる」だけである。「人間の顔」は食べられないのである
。「人間の顔」をもたない道具衆は食べられても、カンニバリズムは「元の理」では否定されてい
る。つまり、「元の理」における「人間の顔」には「殺すべからず」という倫理的原則が暗示され
ているのであって、人間創造の目的である陽気ぐらしは「人間の顔」によって本来的に開示されて
いると言わねばならないということに気づくのである。


8)「人間の顔」  

 「顔」はこころを現す生命を代表する複合器官である。「人間の顔」はその人の人格や性格、品
性や精神を表すことは古来から考えられていた。「人間の顔」の中心に位置する「鼻」は自分の「
自」という文字の源でもある。古代から人間は「顔」と「心」の関係に関心を持ち、中世に至って
それが人相学や骨相学となり、占星術をも取り込んで細微にわたる展開を見せた。

 「人間の顔」について、観相学にヒントを得て筆者は『世界は鏡』(教養ブックス第8巻)の中
の「『元の理』の観相学」という一文を書いた。その主旨は、神によって眺められた「人間の顔」
は「まず神によって眺められるために存在している」のであって、ひとりの「人間の顔」を眺める
ことは、「神のおこないを吟味しようとするもの」であるから、人間の観相を行うことは間違いで
あり、それは人間の品位と名誉を失墜させるものであるとするマックス・ピカートの『観相学の諸
限界』の立場に同意した上で論を進めたつもりである。

 さて、やまと言葉においては、「かほ」は「かふ」行為を助けるものであり、「顔」は集団を代
表するものという意味であるという説がある(『やまと言葉を忘れた日本人』141p)。集団を代
表する人の「顔」は覚え易く、それ以外の人の「顔」は覚えにくいし、「顔役」「顔がきく」など
と使われるのは「顔」本来の意味がそのようであるからというわけだ。新聞にも「顔」という欄が
ある。最近は指紋より「顔」がその人のアイデンティティーを科学的に証明するものであるとして
その分析法が注目されはじめている。国家でさえ「顔」の見える国際貢献が求められている。サミ
ットにおいても「人間の顔」の見えるグローバリゼーションがここ数年来の重要なアジェンダとな
っている。この集団を代表する「顔」に対して、集団を代表しない者の顔面は「面」、つまり「つ
ら」「おもて」とも言われる。表情のない「面」は、「面」と向かうことのない上下関係とか、「
面を上げよ」いわれるように、対面する「顔」に見られるような同等な関係を示していない。

 親なる神は、その子供である人間の「顔」を見下ろし命令したのではなく、「面」と向かってそ
の「顔」を見澄ましたのち、人間世界を始めることについて「神の相談しまりついたり」(を6-3
9)ということになる。ここにおては親子の関係は上下の関係としてあるのではないということが
示唆されている。親子の「顔」は相互に見合わせられていると解釈すべきであろう。この場面では
「顔」は単なる「面」ではなく、親子対面の表情の動きが推測される。ここには信仰における理の
親子のあり方がその「見澄ます」姿勢から伺われる。また「顔」が集団の代表を意味する語源をも
つのならば、その集団とは人類の代表としての「人間の顔」でなければならない。そこでこの「人
間の顔」とは、虫、鳥、畜類などの「顔」とはどのように違うのかを考えることが次の問題となる。

 まず「人間の顔」の皮膚の下には、およそ100の筋肉があり、それらは14の骨のまわりに配列さ
れている。この驚くベき迷宮が人間の顔という読み物を管理している(『顔の本』ライラン・ヤン
グ 河出書房新社1996)。この「人間の顔」は、解剖学用語では「内臓頭蓋」と呼ばれ一つの「臓
器単位」として扱われている。その理由は「顔」の筋肉が、元来魚類の鰓腸の「呼吸内臓系」に存
在していた「内臓筋」に由来し、軟骨性の骨格もこの内臓筋に附随していた骨格に由来しているか
らといわれる。ところが臨床医学では「顔」と呼ばれる臓器は「感覚器官」や「咀嚼器官」が各々
独立していて、眼科、耳鼻科、歯科、皮膚科などに区分されている。しかし、内科診断では古来か
ら顔面にあらわれる「表情」と「顔色」は重用視されてきた。それは鰓腸の内臓筋の「色調」と「
様子」が「顔」にそのまま現れるからだ。ムカシホヤから始まる生命の生態学から見た「顔」の歴
史については、三木成夫の著作に詳しい。

 ところで鰓腸という漢字は魚が思うと書くように、生態学から見ると脊椎動物の「喜怒哀楽」、
つまり「情動」を現す器官であると解釈される。哺乳類における喜怒哀楽の表明は「顔」を構成す
る表情筋・咀嚼筋郡と陸棲の体壁系呼吸筋の両者によって行われると説明されるが、人間が泣いた
り笑ったりするのは、この二つの筋郡の連動した運動で、笑いは「陽の呼吸」であり、悲嘆は「陰
の呼吸」とされる。面白いのは免疫系にとっては、細胞レベルの内呼吸も、それを支える外呼吸も
本質的に重要とされるから、笑いも悲しみも「呼吸」であるところから、免疫機能にとっては極め
て重要と考えられるという。

 このように生態学からすると、ある遺伝子工学者の言う一方的に笑いは良い遺伝子を目覚めさせ
るという主張はおろかと言うことになろうか。笑いや悲しみ自体に倫理的な意味はないのである。
逆に悲しみを通り抜けて、ほほえみがうまれ、真の同情や慈悲心が湧く。笑いがあっても、利己的
行為の成就がその原因であることもある。  立川昭二の『からだの文化誌』によると、「人のから
だの中でいちばん大切なものは(顔)だが、江戸時代は(腹)や(腸)だった」と指摘している。
日本人は古来から頭ではなく腹でものを決断してきた。この指摘は腑に落ちる、腑が煮えくり返る
などといった表現を考えると納得できる。江戸時代にはからだに「顔」は含まれていたのだろうか。
からだは胴体を指し、「顔」は精神を現すと解釈されていたのか知れない。しかし、切腹という自
死のありかたを考えると、「顔」と「胴体」をつなぐ「首」が両者を繋ぐ境界となっている。「元
」(もと)という漢字が「首」を強調した意味を持つことを考えると、このことは興味深い。

 さて「人間の顔」についての思考としては、古来から観相術や人相学、骨相学という領域で見ら
れる。西欧においては18世紀のスイスの人相学者ヨハン・カスパル・ラヴァター(1741-1802)に
よる『人相学断章』(1772)がもっとも著名とされる。ラヴァターは人間の顔をその人間の社会的
な地位や性格をあらわす表意文字と見なし、その類型を詳細に分析・分類していった。そしてその
技法は他人を読む技術として広く普及し、いまもその著書は現代版が出版され、さまざまな言語で
総計151の版が刊行されている(『顔を読む』)。この観相術は「疑似科学」として、カントやヘ
ーゲルからは批判された。

 「顔」が哲学の主題として登場したのは比較的最近のことで、それは現象学の中で他者の経験と
言う文脈から、エマニエル・レヴィナス(1906-1995)において展開されたものである。彼は他
者の経験こそ「顔」の現象として論じられるとし、「<顔>は無防備なその弱さによって自我の機
能を審問すると共に、自我を一方的な贈与と無際限な責任に縛りつけ、ついには自我を他者の<身
代わり>たらしめるに至る」と説かれる。この「唯一者と唯一者との非対称的な関係、すなわち対
面は『汝、殺すなかれ』、『没利害の超脱』というユダヤ教の律法の本質でもある」と指摘される。
レヴィナスにおける他者の根源的な他者性は「現出」においてではなく、「対面」の中でのみ経験
されるものであるから、「顔」とは「わたしには内包しえない絶対的に他なるもの」との関係の経
験であるとする。(『岩波哲学・思想事典』1998)


おわりに

「人間の顔」の意味世界について、
様々な視点から考えて来た。しかし、それらは「人間の顔」であって、それぞれの「顔」ではない。
「顔」はつねに誰かの「顔」であるはずである。しかし、誰かの「顔」を思い出すと言っても、そ
の人の顔は朝夕や、その時の心理状況や、社会文化的状況によっても常に変化していて、不安定で
ある。加工された顔、化粧をした顔などなどが氾濫するなか、「自然の顔」というのはそもそも不
可能な「顔」でななかろうかという鷲田清一の疑問もよく納得出来る。

 しかし、鷲田ははたして「顔」は顔面ないしは、そこでの現象に還元出来るだろうかという問題
から、『顔の現象学ー見られることの権利』(講談社学術文庫)という一冊を書き上げた。もっと
もある人の「顔」を外しては、その人の身ぶりや言葉使いなどだけで、その人につての思いをめぐ
らすことは出来ない。「他人との共同的な時間現象として出現するこの曖昧微妙な<顔>」を、現
象学の視線によってとらえた鷲田現象学は、レビナスのそれより 一般読者にとってははるかに示唆
に富み分かりやすい。

 このように親神が見澄ました「人間の顔」について、様々な切り口から原初の「顔」はどのよう
な「顔」であったか、そしてその意味世界を厳密に追求して来ると、ますますその世界が拡散し遠
ざかって行く感におそわれる。「人間の顔」には、近づいた時に遠ざかり、遠ざかった時に、こち
らに近づいて来るというパラドックスが隠されているような気がする。生きると言うことは、それ
ぞれの「顔」と生きると言うことである。口と眼が大きい動物の「顔」は、相手を食うか、食われ
るかという生存の恐怖の原理を主軸として成り立っている。

 ところが「人間の顔」はレビナスを引くまでもなく、「汝、殺すなかれ」という関係性の中に現
れている。しかし、それを理性を通して納得させ、行為に移すのはいづれも至難の業であることだ
けは、現代における国際社会の中の絶えまないテロリズムや殺りく行為を見るまでもなく、どうや
ら理解できたようである。

 人間創造の原初において親神によって見澄まされた「人間の顔」の意味世界は、限り無く深く広
い。片足を対人地雷から奪われ両親を内戦で失ったアフガンの孤児たちのさまざまな「顔」「顔」
「顔」、そしてサッカーを楽しむいまは少なくとも戦争を知らない平和な日本の子供達の「顔」
「顔」「顔」。両極の「顔」で共通し、また明らかにまったく異質なまなざしの瞬間をアフガンで
垣間見た筆者の考える「人間の顔」は、過去も現在も未来も宿した永遠の心の「扉」でもある。し
かし、異常の世界に止まらず私たちの日常にも私たちが生きている限り「顔」は「面」としても自
己にひっついていのちと乖離することはない。その「顔」の深遠且つ重層的な意味を掘り起こすこ
とは、教学研究者に止まらず箇々の信仰者個人個人にとっても見過ごすことが出来ない重要な現代
的問題であると思われる。

  原典に示された神の言葉の意味を正しく理解せずに、成って来る姿をそういうはずではなかった
として素直に受け入れられないということは、現在の私たちの信仰生活にも見られる。「扉」が「
開かれた」こと、つまり、その瞬間以来、教祖存命の理を通して神の守護があまねく世界たすけに
継続して現れていること、現身を隠された後も教祖が月日の「やしろ」であり続け、親神がその「
扉」を開いて「表」に現れていることが委細をもって説き聞かされていても、その真実が私たちに
本当に分っていないのならば、「扉」の意味が分らなかったとして、一時は慨嘆された先人の不理
解を単純にそうであったかと眼をそらすわけには行かない。「おさしづ」を通しての神言が時空を
超えて普遍的真実を持つという前提に立てば、そこに見られる先人の決定的な不理解は、現在の私
たちの教祖存命の理に対する不理解に連続しているという認識が大切なのである。そのためには私
たちの無知、さとりの欠落、不理解についての深いさんげが要求される。

 教祖が現身を隠されて以後、「扉」が「開かれた」瞬間はいまも続いている。しかし、正確に言
えば、 立教のその瞬間から、 「このたびはかみがおもてへあらハれて」と、みかぐらうたに唱わ
れるように、またおふでさきにも、「いままでも43ねんいせんから、をやがあらハはじめかけた
で」と教えられるように、立教の元一日においてすでに月日の「やしろの扉」は開かれていたので
ある。

 この教理的事実と、おさしづに言われる「扉」の関係は、前者が立教の元一日の「扉」であり、
後者は教祖が現身を隠される年祭の元一日における「扉」であったと解釈できる。夜に出て、昼に
おさまる理は一つと言われるように、かくてこの「扉」もその理は一つであったということが明か
となった。親神には、最初からその関係性が当然の事としてあり、人間のあの差し迫った決定瞬間
における不理解を啓蒙するには、50年のひながたの道を反復説明するしかなかったのである。そ
れは事ここにいたっては不可能である。そこで親神は人間の意表をつく教祖の現身を隠すという事
象をもって、「教祖存命の理」を開示したのであった。このような視座を切り口としておさしづを
あらたに読み説くと、そこにはまた未開拓の清涼とした教学の裾野が開けて来るような気がする。
その教理的論拠と展開はまたの機会にしたいが、今日はその結論だけを提起しておきたい。つまり、
立教の元一日の「扉」は、「ひながたの道」を照らす開かれた「扉」であり、 年祭の元一日の「
扉」は、それが開かれたことによって、「ころりと変わる」と予言されたように、「教祖存命の理」
を全世界に照らすために開かれた「扉」を意味していた。 前者は原典を通しての黙示的解釈であり、
後者はその解釈に立った「扉」の解釈である。

 したがって、「扉」を「開いて」世界たすけのためろくじに踏み出された存命の教祖に出会うと
いう信仰体験の有無が、その信仰者の生きる価値を決定する。私たちが存命の教祖に出会うとは、
私たちが私たちの面前において教祖に個々に対面するのであって、それは人間創造の原初にあたっ
て「よく見澄まされた」「人間の顔」に実存的に照応しているのである。その意味でもピカートの
言う私たちの「顔」は神に見つめられるためにあるのであった。 「おふでさき」の一首「いままで
も今がこのよのはじまりと ゆうてあれどもなんの事やら」(7-35)というお歌を引用するまでも
なく、「元の理」における「人間の顔」は「今の理」を基軸として理解し、「人間の顔」を「心」
の「扉」であるとも位置づけて解釈した「おさしづ」の「扉」という言葉も、「今の理」に引きつ
けて解釈することが要請されるのである。教理は不変である。しかし、教理解釈は時代に有効性を
得るために変化し、深化し、そして螺旋的に進化なければならない。教理が時空を超えて有効性を
維持するためには、従来の教理解釈の枠を一度解体し、組み立て直すと言う決定的な決断が求めら
れる。あたらしい時代にあたらしい教理解釈が、単なる従来の反復や教理の説明の次元を超えて、
あたらしい時代の人間によって、ひろく勇気をもって創造・展開されんことを心から祈りたい。

 そのためには、マンネリから抜け出た、意表をつく教理解釈が求められる。グローバルな真理を
内包する天理教の教えが、現在のローカルな位置からグローバルな領域へ抜け出るためには、やは
り内からいま一度、世界に照らして、従来の教理解釈の解体する部分を指摘し、解体した後にあら
たた構築を行う、あるいは解体を行いながら構築を行うことが大切である。このことは「元の理 」
解釈にもあてはまるのである。  この聖業により、天理教用語の意味世界は拡充され、思想界に置
いてもその世界性を獲得することが出来るであろう。おやさと研究所の月刊誌『グローカル天理』
はここにねらいを定めている。この意味ですでに寄稿論考の中から、新しい視点をもった教学思想
の芽が出始めていることを喜びたい。 (おわり)