| 「元の理」と現代
井上昭夫 2006/5/24
1)教祖年祭と記念建物
いまから120年前、教祖が現身を隠された直後、ことの重大さに驚愕落胆した平野楢蔵は、ご休息所の縁側に座って頭を抱え込んで茫然としていたと伝えられる。今日1月25日の朝つとめ後、私は明日迎える教祖年祭の元一日に思いを馳せるため、中南の門屋、つとめ場所、ご休息所、内蔵など本教の歴史的建造物が当時のまま保存されている記念建物群を訪れた。つづいて、明治7年、最初にお面をかぶってかぐらづとめの手振りを教祖が教えられたご誕生殿に足を運んだ。そして、あとで述べる教祖の直筆によるおふでさき筆跡の原型が伏せ込まれたであろう、教祖幼小時代のおもかげを残す勉強部屋にしばしたたずんだ。この部屋は4畳半のひろさである。
勉強部屋の北側は、前川家の「内蔵」が接していて部屋壁の役割をはたしている。白壁の土蔵の中央の扉には、頑丈な閂が突き出て見える。夏の暑い日などは、勉強の合間にひんやりとしたうす暗い「内蔵」に、閂を外して兄の杏助と遊ばれたかも知れない。教祖はこの「内蔵」に面して学んでおられたのだろうか、それとも「内蔵」を背にして、南に開ける中庭に向かって座っておられたのだろうか。いずれにしろ教祖幼少時代の「内蔵」の位置と勉強部屋の建築的構造は、嫁がれてのち親神が天降られた立教時の中山家の空間雰囲気とつながっているという印象をあたえた。
楢蔵が茫然として座っていたであろう、ご休息所の縁側に座して目をつぶると、通常床に足がつく椅子に座る時とは違い、両足が30センチほど大地から浮き上がるほどの高さであることが分かる。しばし目を閉じていると、身体が中吊りになるような浮遊感覚がひろがってくる。あたかも悲しみで大地が揺れ動くという実感がどこからともなく伝わって来る。縁側から伝わる数量化できない微妙な質感(クオリア)が、私をひながたの道へと運ぶ。飯降伊蔵を通しておさしづを伺われた「内蔵」は、「内蔵」と呼ばれる限り当時はご休息所から渡り廊下か、簀の子板の縁のようなものでつながっていたのではないかと思われる。いまは廊下はないが、外観は当時のすがたを残している。どのような思いで伊蔵は、現身を隠されたばかりの教祖からはなれ、隣接する「内蔵」の小二階に上ったのだろうか。階下から階上への階段を登りあがった伊蔵は、もはや人間伊蔵ではなく、教祖の魂が入り込んで存命の理を説く取次人であった。新たな信心の出発に向かう廊下の水平移動と「内蔵」における階上への垂直移動は、人が神と出会い、合一する方向を象徴しているようで神秘的である。
記念建物をそのまま元あった現在の神殿の位置に移行すると、南礼拝殿の真座の上段あたりが中南の門屋、つとめ場所を挟んで「内蔵」は北礼拝殿の北側に位置する。このように南北礼拝場は空間的に年祭の元一日に回帰する感覚的条件を備えている。この見えない過去の空間的真実を意識することによって、当時の出来事がいまによみがえり、言葉を通して学んだ年祭の元一日の意義が感性を通して身につくようになっている。
2)教祖の筆跡を読む
次に、年祭の元一日への親の思いを教祖のおふでさきの筆跡を通して考えてみる。教祖はどの箇所で筆を止め、新たに墨をつけ変えられたか、なぜある字体は力強く、あるお歌にはかすれが続くのかなどを仮想していると、あたかもそのお歌が書き下ろされた場にいるような錯覚に陥ることがある。翻訳経験を通して、原典解釈に近づく一つの回路は、教祖の墨跡にも籠められているのではないかと思うようになった。それだけに、おふでさきに表れた全49,775字を、いろは順に写真版に整理された『おふでさき用字考』(『復元』第40、41号)は貴重な文献である。二代真柱が完成を急がれていたおふでさき用字考は、擬册や真贋を見極めるためだけではなく、字体を通しても、教祖の思いに近づいてもらいたいとの親心にあったと思われる。
これからわ高山にてもたにそこも もとはじまりをゆうてきかする 4:121
このようのはぢまりだしハとろのうみ そのなかよりもどちよばかりや 4:122
このどぢよなにの事やとをもている これにんけんのたねであるそや 4:123
この三首は原寸大と思われる120番から127番までの教祖の肉筆による写真班による八首の内の三首で、ムック天理『人間誕生』(道友社)からの引用である。おふでさき第4号は、明治7年かぐら面が完成した頃に書き下ろされたものである。この箇所は「元の理」が「もとはじまり」ということばで、はじめてその「顔」を見せた瞬間を現している。まず、4号121番に初出する「もとはじまり」という筆跡は、さらりと一気に滑るような美しい気韻を醸し出している。そして、この「もとはじまり」を受ける「を」という字形は、特異な様相をもっていることに気づく。「を」という助詞はおふでさき全首を通して1422字も数えられるが、全首をよく見澄ますとこのような字体を持つ「を」は他に見当たらない。「もとはじまり」の重さを支えるかのような、ここに見られる「を」という助詞は緊張感があふれ、筆が一瞬とまっているような部分が見受けられる。また123番の「たねであるぞや」に初出する「たね」の「た」という文字は1123回も見られるが、この箇所の「た」の字形はその中ですぐれてスマートであり、力点の意識がその筆先に現れているかのようだ。「ね」という文字は265回出て来るが、この字は他の字と比べて圧倒的に滲みやかすれが多いのが特徴である。しかし、123番に出て来る「ね」の字はその中で最も美しい字に見える。同じく「あるぞや」の「ある」では、筆がそこでいったん改まり、その肉太の筆跡に断定的な強調が見られる。この読み方ですすむと、おふでさきに95回も現れる「ざんねん」や「ざねん」等の字体は、その数だけの神の残念の強度の相違が見られ、その度合いは全首統一されているという単純なものではないということが分かる。つまり、おふでさきの一字一字は単なる記号ではなく、それぞれ個性をもっている符号であるという解釈に至る。(『グローカル天理』Vol.7
No.314頁にある文字の頻度数は正確ではなく、上記の数字が正しい。)
3)「元の理」から社会事象を読む
文字や教理からではなく、感性から「元の理」を味わい、年祭の元一日に接近する方法として、記念建物の現場に自ら足を運ぶ、教祖の筆跡や字体から学ぶと言う点について所感を述べた。次に最近の世上をにぎわした事象を「元の理」から診断してみたい。
昨年、日本列島を取り巻くように異常繁殖した越前くらげが漁業に甚大な被害を与えたという自然現象は、「元の理」における十全の守護を処方箋として診断するならば、いま大きな社会問題となっている建築物の耐震構造の偽装問題と限りなくつながって行く。くらげは「骨なし」が特徴である。一方、耐震構造の偽装はコンクリート柱から「鉄骨」が抜かれている、つまり骨不足が人為的に行われていたという点にあった。また、米国産牛の再輸入停止の原因も牛肉の「背骨」にあると言われている。社会問題化したこの3点セットはいずれも骨つっぱりの「つきよみ」の守護に関わっている。この「世界の鏡」に映っている親神のメッセージは「お前たちの心はくらげのようにふにゃふにゃしていないか。心の普請に鉄骨は抜かれていないか」という問いとして解釈される。つっぱりの守護とは、親神から与えられた一名一人の心が持つべき精神的「骨格」、つまり強靭な意志の力をも意味している。お前たちこそ越前くらげではないか。お前たちこそ骨抜きではないか。お前たちは一体全体骨のある仕事をしているのか。といった教祖の問いとなってこだましてこなければならない。「世界は鏡」とは、本来信仰者にとって認知科学的理論や現象学ではなく、こういった悟りとたすけを促すための見立てとして教えられていると考えるからである。
このような前提に立って考えると、いま日本と世界を騒がしている六本木ヒルズ族の象徴でもあった堀江モンの錬金術や、システム処理の限界を示した東証取引停止事件などは、金銭・縁談・よろづつなぎの守護をつかさどる「くにさづち」の守護が切れた心づかいの結末と診断される。「金で人の心が買える」という高慢は「ほこり」の最たるものであるが、これはまた現代社会の「高山」の慎みのなさを代表した発言と見られる。一言で言えば,現代日本は相応する「つきよみ」と「くにさづち」の守護のバランスが崩れた姿として映るのである。
4)「為す」と「成る」おさしづの主軸概念
17年前少女を殺害し、その両手をも食べてしまったというカンニバリズムの習癖をもっていたと思われる宮崎勤は死刑を宣告された。被告はかつて数千のビデオテープに囲まれた母親の胎内に見立てられる部屋に閉じこもり、こっそりと自分だけの世界を楽しんでいたといわれる。この胎内回帰現象がもたらした事件を巡ってマスメディヤはけんけんがくがくの評論を行っているが、ある作家が「日常の隣に被告の世界ム社会は不作為」という鋭い指摘をしているのが目にとまった(朝日新聞06/1/18)。「かつて宮崎被告がこっそり楽しんでいた世界が、今では日常の隣にある。これが事件から17年の間に、私たちが作り上げて来た社会だ。(中略)表現の自由や,情報化社会の名の下に誰もが黙り込む社会の不作為が、子どもを犠牲にしている」という指摘である。ここでのキータームは「誰もが黙り込む社会の不作為」という言葉であるが、「社会の不作為」は、信仰者にとって「自分の不作為」として還元されねばならない。ここでの「不作為」とは、問題から逃げ何も為さないという意味だから、いま見られる「社会」の身上・事情は、まさにこの「不作為」がもたらした「成って来るのが天の理」の姿に外ならないと見られる。
そこで「成らない」ために「為す」ことは何んであるかを反省させられる手引きとして、おさしづには「為す」「成る」についての膨大な諭しがある。「成らん事情」「成っても成らいでも」「成り立つ」などに見られる「成る」は、全おさしづを通して905項目もあり、索引14頁にわたっている。また、「為すいんねん」「為す事情」「為さねばならん」などに代表される「為す」は、59項目索引2頁にわたって出てくる。この意味は「為す」「成る」という言葉が、教語としておさしづを構成する基本概念であることを示しているといえるのではないか。教語としての「為す」は、「元の理」から見ると、「くにとこたち」の積極的発動性、「成る」は、「をもたり」の受動的展開性の働きに対応する概念であるとも考えられる(1)
積極的発動性の働きを象徴する「くにとこたち」は、天にては月、姿は大龍として現れ、身の内では目・潤い、世界では水の守護をつかさどる。蔵内数太は、月が大龍であるといわれていることについて、「月というものはわれわれにとって一番見やすい、まっすぐに月を視線が捉える、それを龍として考える」、つまり「見る」ということを表現しているとする(2)。この「見る」という視線は、ただの一直線ではなく「視界」的であるととらえる。つまり、「視界」的であることは、前を見れば後ろが見えない,手前のものは大きく、遠方のものは小さく見えることを意味している。したがって「視界」とは、一定方向に遠近方向的に広がっている空間であるとし、これがいわゆるパースペクティブというものであり、その空間は人間を主体においた三角形的に広がっている空間であるとする。このような考え方にたてば、人間が事を「為す」には、「元の理」からいえば、「くにとこたち」の働きに象徴され、大龍に象徴されるような視界・パースペクティブが必要であるという見方が成り立つと考えられる。
一方受動的展開性の働きを象徴する「おもたり」は、天にては日、姿は12の頭をもつ大蛇として現れ、身の内ではぬくみ、世界では火の守護をつかさどる。蔵内は、この大蛇は「こふき」にあるように12支に従って自分の目を回転させる。一通り回転されれば「面足り」で、自分の周囲と場が全部見える。そして回転は運動であるから、時間をとらえるとする。つまり大龍で空間を表わし,大蛇で時間を表わし、その時間を空間的にとらえている。こういうことが月日の神でもっていわれ、この神の働きが人間に宿っているということは、神というものが人間と同じような主体的な存在であることであるから、神が人間を見てくれ、愛してくれるといい得るのであると述べる。したがって、「天理教の神認識と愛というものは、実に明白な人格神である」とし、この視点が世界の宗教のなかで「天理教のもつ独特な論理性」であると強調している。事を「為す」積極的発動性、事が「成る」受動的展開性の二つ一つの守護は、蔵内「元の理」学における月日両人の哲学的解釈を援用してさらに深める事が出来るであろう。
このような次第で、「不作為」という作家の鋭い指摘が、世上の事件に上記の様な「元の理」の鏡を映し出していることを気づかせてくれたのであった。事にあったってお前たちは黙り込む「不作為」、つまり「為す」ことから逃避している無責任人間に堕落していないかという、教祖からの問いかけとして受け止めたのである。十全の守護の説き分けは、従来おおむね個人の事情や身上のさとりへ至る手引きとして聞き分けられて来た。つまり実践教学のなかでは、「元の理」はたすけの理話を主調として反復されて来たことは否定出来ない。「こふき」に普遍性を持たせるためには,つまり「ひろめ」るためには、教学者による「たすけ」から「ひろめ」に向けた、学際的な教理解釈のあらたな展開が求められている。社会・政治・経済事情やさまざまな世界の事象もひろく「元の理」を通して解釈することが迫られているのである。「世界は鏡」という教えはそのためにあり、それが天理教の教えが個から世界に抜ける重要な「見立て」に成っている事に気づかねばならない。筆者はかくのごとき信念から、「元の理」における親神の十全の守護を、ひろめの理話の視座から解釈し、斬新な着想を持って教学を展開すべきであるという主張しているのである。
いままで述べたような「元の理」を通して現代を見る試みは、世界を「元の理」化して見る、あるいは世界を「こふき」の非神話化を通して見るという言葉に置き換えることができる。「こふき」の非神話化とは、時代と文化に制約された「元の理」的表現を現代の知性で削除することなく、そのつど直訳を避けながら、現代の状況のもとで信仰者の自己理解と世界解釈の深化に向けて再解釈を行う営みである。そこで次に、近代と現代の心象風景を「元の理」の言葉を通してなぞって見たい。
5)ルネッサンスと「をふとのべ」
近代というのは、広義にはルネサンス期以降の時代を指している。近代以前の中世は、キリスト教会を中心とした神に支配された世界であった。ルネッサンスは、その神中心の世界から人間性を解放し、個性を重視する世界観を確立した。ルネッサンスの文芸復興がもたらした政治や文化の新しい潮流は、社会、宗教、芸術など多方面に大きな影響を与えたのである。
文芸復興とは、「元の理」の光を当てれば、暗黒の大地に奥深く眠っていた農作物の「種」が、時を得て地上に光を求めて勢いよく発芽する様をイメージさせる。中世の安定を「苗代」の地中でむさぼっていた無数の「種」が一斉に発芽したルネッサンスは、あたかも「をふとのべ」が演じる劇的な文明的発現のドラマであった。14世紀のイタリヤが、さまざまな「種」の発芽を促す最初の「苗代」の役割をはたした。「をふとのべ」とは、新たな生命誕生の「引き出し」の守護をつかさどり、方位は西方で、その西方で起こったルネッサンスという言葉は、再び生まれ出るの語義を持つ。前近代世界の「出直し」は、あらたな文明を装って近代に「出直し」て来たのである。そして、やがて訪れる近代の「出直し」は、反近代、現代へと変化展開していく。その思想の栄枯盛衰の歴史は「元の理」に語られる人類成長の「出直し」の反復・展開に対応している。また、そのあり方は教祖「ひながたの道」にも象徴的に黙示されている。その黙示の扉をひらけ、そこに見られる意味を読み解くのが「こふき」の「ひろめ」の知恵の課題としてある。
6)個人主義と「高慢」
近代が文芸復興を通して醸成した西欧の個人主義においては、個の人権が尊重され、個の意志が主張された。個人主義は「つきよみ」の「つっぱり」の働きによる。ここでは「くにさづち」の働きはうすい。個人主義が生んだ合理思想は、科学技術を飛躍的に進歩させ、資本主義が大きく発展を遂げた。技術革新がもたらした産業革命は、手工業的少量生産を機械による大量生産へ移行させ、近代資本主義経済が確立した。「一列きょうだい」であるべき同じ市民の間に資本家と労働者の階級が生じ、個人主義に基づく実力主義の評価は弱者を見下げる差別観をもたらした。マルクスは資本家は労働者を搾取していると唱え、階級闘争理論をかかげて、平等で理想的な世界を作ろうとしたが、アメリカを盟主とする資本主義陣営の前に理想実現は頓挫する。
共産主義の目指した個の「欲」を押さえ、全体的に貧富の格差を無くそうとする平等思想は、「一列きょうだい」の思想に近く一面理想的であったように見受けられた。しかし、その唯物論に基づく思想は逆に神を否定する「高慢」心を生んだ。一方、資本主義体制の国々では自由主義のもとに「欲」が限度を超えて世界経済を混乱させる原因ともなった。近代ほど世界「一列きょうだい」の世界が遠ざかった時代はない。近代に生まれた天理教が「元の理」を通して「一列きょうだい」の教えを基盤として広がった背景には、このような同時代の特徴であった差別的、階級的な歴史的あらわれへの否定と超克があったと見られる。
7)合理主義と「たいしょく天」
西欧に発した個人主義や合理主義は、「つきよみ」の「つっぱり」の守護に先行して、「たいしょく天」の「切る」守護の働きが主役を演じた歴史のドラマであった。母胎と胎児をつなげる胎縁を切ることによって、個としての生命は産声をあげる。陣痛と胎縁の切断は個の誕生の条件である。胎縁を切られることにより、自力による個の命の呼吸が始まる。「かしこね」の登場である。「かしこね」の「息吹き分け」の守護は、音声に文節を与える「ことば」の守護をも意味している。誕生した個性は、全体を分割・分断・分析すること、つまり「分ける」という営みによって、科学的合理思想を発展させ、個があっての全体という思想を獲得する。封建主義に代わって、フランス革命に見られるような市民革命が起り、法治国家の概念が誕生する。民主主義の「種」がこのようにして文明の「苗代」の世界に蒔かれて行った。
近代精神を端的に象徴する有名な言葉は「我思う、故に我あり」というデカルト(1569~1650)の言葉である。「あらゆるものの存在を疑うことは可能だが、こうして考えている我の存在を疑うことは出来ない」というデカルトの言説は、思索する人間こそが世界の中心であり、その理性が世界を解明して行くという人間中心主義と科学主義を生んだ。その背景にある思想は、物質と精神、こころとものを分割した二元論にあった。明治維新以後、日本が積極的に取り入れた脱亜入欧の精神は、このデカルトに端を発するヨーロッパの近代精神を志向していた。近代とは「たいしょく天」の働きが過剰になった時代であり、「くにとこたち」と「おもたり」の守護の調和が切断された時代として捉えられる。
8) 戦争と「火水風」
近代的精神は、経済至上主義と物質至上主義を押し進めたあげく,第一次、第二次世界大戦をもたらした。近代は太陽の象徴である火の守護を担う「をもたり」の「感性」の働きに対応する「くにとこたち」の働きが過剰となった時代と解釈される。「くにとこたち」は、天にては月、世界では水の守護をつかさどる「理性」の象徴でもある。近代は火と水の守護の調和が「高山」において欠けた時代として映る。「月日よりしんちつをもう高山の たゝかいさいかをさめたるなら」(ふ13:50)と述べられたおふでさきの言葉は、西南戦争というローカルな争いを例として、近代末期の人間中心主義がたどり着いた歴史的混乱について語られたものである。「上たるの火と水とをわけたなら ひとりおさまるよふきづくめに」(ふ6:5)とは、国家間に起こる争いの解決の根本について「元の理」の救済原理を教示された一節である。ここには陽気ぐらしの天理世界平和学への知恵の「風」が吹いている。
9) 無意識と「夢」
近代の人間中心主義と合理主義が行き詰まった結果、理性への絶対的信頼は崩壊する。そこで誕生したのがフロイドに代表される精神分析学であった。この反近代思想は、理性に対して無意識の世界の理解こそ重要であるという主張から成り立っている。人間はいかに理性的に振る舞っているつもりでも、本来は無意識という心の奥底に隠された欲望に支配されているという見方である。フロイド(1856~1939)は個人の「本能」を無意識の核として位置づけたが,つづくユング(1875~1961)は個人的無意識のほかに、人類や動物にさえも存在する普遍的無意識を想定した。両巨人とも「夢」の研究を通して、現実との人間の深層心理的関係を探求し、精神異常者の診断・治癒に貢献した。
「夢」は、おふでさきにおいては「どのよふなゆめをみるのもみな月日 まことみるのもみな月日やで」(不12:163)と教えられ、おさしづにおいては「夢を見る。どのような夢を見ても,心で覚えて居れば夢現ではあろうまい」(さ24/10/3)と述べられている。
精神分析学や深層心理学がめざした意識と無意識の統合的理解を通して、トータルな人間理解に到るという現代の深層心理学のプロセスは、「心一つが我がの理」という基本教理と「夢」をおろそかにしないとする原典の言葉と共鳴している。自己中心志向に由来する「ほこり」の心づかいは「本能」の座である「無意識」の世界や「夢」の世界に隠れているとも考えられる。したがって、無意識と深層心理の探求は、信仰者が「ほこり」を払う重要な手がかりとなるであろう。
10) 実存主義と「神一条」
反近代思想として精神分析学と共に20世紀を代表する哲学の一つとして誕生したのが実存主義と呼ばれる思想である。端的に言えば「実存」とは人間の「主観的な生」を意味する。この意味で実存主義は合理主義の主張と一線を画している。デンマークのキリスト教思想家・キルケゴール(1813~1855)が「実存」主義者として最初に登場する。キルケゴールはヘーゲル(1770~1831)の理性を絶対視する立場に不満を抱き、またデンマーク国教会の体質の中に大衆化的世俗主義を見届けて、キリスト教の正統信仰の復興を求めて「教会攻撃」に立ち上がった。
キルケゴール以降、「実存」という言葉は日常生活の世界では見失われ勝ちな「魂」の奥底にある「孤独」という意味を表わすようになった。この実存主義的「孤独」の思想は「信仰は一名一人」主義の立場につながっている。現実を超えた神に支えられない限り人間は生きていけないというあり方を「実存」というが、その「実存」は不条理の日常生活から脱出することによって獲得できるというキルケゴールの視点から見れば、たとえば「単独布教師」の歩む非日常の「神一条」の裏の道(さ21/5/21)が、神に近づく信仰的「実存」を可能にしているといえる。安易な日常生活の反復の中に、教祖との「実存」的な出合いはあり得ない。
無神論的実存主義者としてのサルトル(1905~1980)は、人間は人間的な主観を超えることは出来ないにしても、自らを選ぶことにおいて人間の全体を選ぶと主張する。つまり、私個人の選択は人類全体を拘束する責任を負うとした。個の中に全体を倫理的に位置づけたのである。「一列きょうだい」の教理は、将来こういった実存倫理の領域にも切り込んで行かなければならない。一方、キルケゴールの「単独者」の思想は、信仰者が現実を生きる自由な主体的「実存」に真実のあり方を認め、それが20世紀の実存主義の先駆ともなった。信仰生活を真摯に生きるために、命令に盲目に従うのではなく自己の責任において自由に主体的に蒔いたさまざまな決断の「種」は、「一粒万倍」の原則を踏まえて世界人類全体に及び、個々の選択の意志が「一人万人」に向かう「扉」をひらくのだという希望をあたえる。「単独者」の思想は、信仰一名一人主義をうたう、天理教教理がもつ勇みの「実存」的側面ともつながっている。
11)グローバル化と宗教
グローバル化は地球規模化と訳されている。グローバル化はインターネットの普及を背景にして90年代の鍵概念となった。1838年「このたび、世界一れつをたすけるために天降った」との宣言は、日本のやまとの一寒村から発せられた天理教の地球規模化(グローバル)宣言であった。宗教のグローバル化の方向は必ずしもその宗派の信者の総数に比例しない。ここにおいては、信仰者の内的精神の世界化の資質がまず問われる。問われているのは、外的世界の天理教化ではなく、天理教の内的世界化の方向なのである。
現代における急激な経済のグローバル化は、コンピューターと最先端通信技術が連動して、近代化によって創られてきた時空間の領域を社会的に圧縮・縮小し、さらにはその領域をあたらしく組み替え、解体させる方向に向かった。組み替えられる領域は政治や経済のレベルにとどまらず、社会,教育、文化、学問、宗教の分野においても大きな意識変化を招来させている。この地球全体が同時性を感じる状況は60年代頃から顕著になりはじめた。しかし、グローバル化は、地域や宗教・文化の固有性や多様性を否定するという問題を生んだ。さらにグローバル化は、貧富格差の拡大や、環境破壊、さらには生活の画一化をもたらしたから、当然のこととしてローカル(地域)からの反抗は世界各地にわき上がった。2001年9月11日の米国同時多発テロはその象徴的な事件である。現在世界は、多様性の中に人類が調和共存できる道を探りつつある。文化・歴史的環境とその中での個人の心が作り上げる価値観の相違の中での「一手一つ」の精神は並大抵ではない。ここで問われていなければならないのは、何のための一手一つかという一手一つの具体的な着地点である。
12)新たな「壁」
ベルリンの「壁」の崩壊に象徴される冷戦の終焉後、世界は単一の市場にむけて進んでいるはずだった。『歴史の終り』(1992)において、フランシス・フクヤマは冷戦の終結を受け「自由社会の実現によって歴史のプロセスは完結する」と説いた。しかし、いわゆるハンチントンの語る「文明の衝突」現象や、世界の到るところにグローバル化による見えない文化の「壁」がいま続々と誕生している。欧州を代表するスロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジュクは、グローバル化は商品の自由な行き来をもたらすが、人間の行き来は緊張をもたらすとして、テロリストに対して安全を保障する米国の「ゲイテッド・コミュニティ」や、アフリカからの移民を防御するためのスペインのフェンスを「見える壁」に挙げている。前者はゲートや守衛によって管理されるほぼ完全な住宅閉鎖空間を造りあげている。さらに、グローバル化に適応出来た人と出来なかった人を区分する「見えない壁」が生まれて、さまざまな人が自由に集う公共空間はなくなりつつあると憂う。その結果、社会は分断・解体の方向にむかうと予測する。その中、いまの米国は「ローカルに考え、グローバルに行動する」規範に立っていると見られている。環境主義の標語の逆を行っているわけだ。分断されつつある現代のグローバル化に呻吟する世界は、「つなぎ」の守護と智慧を求めている。
13) コスモポリタニズムと「一列きょうだい」
グローバル化によって、人類統一という近代の理想的コスモポリタニズム(世界市民主義)の実現の夢はすでに挫折したと見られる。「をやこでもふうふうのなかもきよたいも みなめへめへにこころちがうで」(ふ5:8)と教えられる人間の心の多様性,ひいては文化や価値観の多様性を否定し、画一化する方向が人類を一つにするであろうと勘違いした一神教的な考え方が問題として浮かび上がっている。グローバル化は一神教の思想と切り離せない。そこで求められるのが、個と全体、宗教と科学、地域と世界、貧と富、先進国と途上国といった多様な「ローカル」と画一化に向かう「グローバル」の思想を橋渡しする「グローカル」な創造的思想である。
一宗教教団の問題にもどせば、教会という全体組織と信者個人をつなぐ「グローカル」な「つなぎ」のあり方である。ここでも「世界は鏡」として、内と外を映す歴史的役割をはたしている。その「鏡」にいかなる神意を読み取るかは、当事者である信仰者自身の研ぎすまされた感性と、自由であるべき「心」の操作による。グローバル化が分断する「壁」の「扉」をひらくのは容易ではない。文化や価値観の多様性を包摂・共存させる思想は、「裏守護」の理念に基づいた十全の守護の文化・文明論的再解釈を底流として構築される。
14) グローカリズムと「つなぎ」
21世紀に入り、グローバル化のデメリットをもろにかぶって、世界では民族対立、戦争、テロリズム、環境破壊、天災地変、汚職、麻薬、疫病、人権差別、貧富格差、人口増加などさまざまな問題が一挙に拡大した。これらのほとんどの問題は弱者である「谷底」において起こっている。世界の「谷底」が現代世界の「鏡」の役割をはたしている。分断する「高山」がその問題の原因者であると見られる。いまや我欲を過剰にする物質的個人主義を超えた新たなヒューマニズムしか世界を救う道はない。その中で宗教者が出来ることは、個々のレベルまでに浸透するグローバル化の中で、多様なローカルとの整合性をいかにつけるかという「グローカル」の発想と実践をいかにして生活の中に取り込むかであろう。天理教のコスモロジー(世界観、人間観)は、これら現代の問題の解決に共通する「グローカリティー」の思想創造を射程に置かなければならない。このような次第で、現代は「くにさづち」の「つなぎ」の守護の発動が求められる時代として位置づけされる。
聞き慣れた過去の教理解釈の反復に甘んじていては、新しい天理教学の展開は望めない。教理が現実の世界に鋭く切り込んで行くためには、ひろく「裏守護」の「知恵の仕込み」による新しい学問の発見や思想を援用して、天理教学にも新鮮な言語表現やレトリック(修辞法)の試みが求められる。「元の理」における人間世界の成人は「文字の仕込み」で完結していることに注目し、その意味を掘り下げることによって、新たな領域へ向けて未来の希望の「扉」がひらかれる。教祖年祭の旬の「扉」は、自立的にはひらかない。「つきよみ」の守護である強固な意志を発動できる信仰者の「心」一つが、教祖年祭の重い「扉」をひらくのである。開かれるべき「扉」は、平面的地平の理性の彼方にあるのではない。「扉」は俯瞰的直観によって開かれるのである。
15) 「こふき」の非神話化
世界と人間、歴史と現実、戦争と平和、自然と文明といった中のさまざまな事象に関して、「元の理」をグラマーとして解釈するいとなみを、世界の「元の理」化(moto-no-rization)、あるいは「こふき」の非神話化という。世界の「元の理」化的見方は、主として知恵の仕込みである「裏守護」の論理を普遍化して、人類の科学の知の最前線が掘り起こす現代の「見立て」を構築する方向に向かうべきである。宗教も現代科学の発見や知見を無視する事はできない。また、社会科学や文化人類学、さらには言語哲学や比較文明論を援用して、学際的に十全の守護の働きを座軸に多様な世界の文化や価値観を再解釈し、相違による対立紛争をさけ、多様性の調和・共存を目指す天理世界平和論・陽気ぐらし論の創造に向かはなければならない。
一方「こふき」の非神話化は、主として口述された教祖の言葉の実存論的再解釈を目的とする。時代に制約された神話的表現を現代の知性で削除することなく、「元の理」や「ひながたの道」において発せられ、記録・伝承された教祖の言葉を、人間の実存に語りかけ,そのつど現代の状況のもとで本来的な自己理解を促すものとして再解釈を行うことが求められる。この課題につぃては、拙著『「こふき」のひろめー「元の理」天理教学研究の展開』(善本社、2006)の中の「裏守護解釈の再構築/「元の理」の比較文明論序説」(553~563頁)において詳述したので参照にして頂ければ幸いである。
おさしづも神の言葉を活字化した「こふき」の具体的宝庫である。このような認識と手順を経て「こふき」の非神話化が、現代の真実の「こふき」をつくりあげる。現代世界を「元の理」化する視点から見れば、いまや「泥海」化にむかう世界を救うには、「つきよみ」の守護に象徴される強烈な意志の力が、「グローバル」と「ローカル」を結ぶ「くにさづち」の守護の「つなぎ」の働きと共鳴することが求められる。そのためには「かしこね」の言葉の知恵が「をふとのべ」の守護によって引き出されねばならない。その正しい直観による力は「くにとこたち」と「をもたり」の守護が象徴する知性と感性の機能的調和を意識することによって与えられる。その守護を願い実践する条件として「たいしょく天」の痛みをともなう「切る」働きが求められる。その独自の天理教学の思想は「くもよみ」の守護によって、世界をくまなく循環するのである。そのためにはマンネリから脱した意表を突く新たな教理解釈をおいてない。求められるのは新たな着想という智慧の「宿し込み」である。立毛の比喩で言えば、天理教学ルネッサンスに必須である「種」と「苗代」の模様づくりが期待されるのである。
このようにして、つとめにおける個々の祈りを「元の理」を軸として新しい着想のもとに「展開」「深化」させることを新しい実践教学は目指したい。神秘の体験は掘るべき根の世界に降下「深化」することによって与えられる。親神の十全の守護を座標に個別的にさんげし、その機能の発動と調和を願う。そのエネルギーは「ひながたの道」は「身代わりの道」であることに真に目覚めることから与えられる(3)。
教祖ひながたの道を透徹する「身代わり」の教理を、一人ひとりが信仰的に実践することを通して、教祖120年祭後の開かれるべき新しい道への「扉」が見えてくる。「扉」が開かれるためには、ジェイムス・ヒルマンが、いみじくも天理国際シンポジウムユ86の基調講演「たましいのコスモロジー、世界からコスモスへ」で主張したように、繰り返され使い古される理念化の言語をリサイクルし、「たましいの情熱(デカルト、スピノザ、パスカル)は、それがコスモロジー的な衝動の中心にあるために、コスモロジーの構築のさい、主要な位置を占めなければならない」という言葉の意味する思想的背景を確認して、新たな言語を天理教学が獲得することであろう。
註
1)荒川善廣、「元の理」の理解と文明の原理、『グローカル天理』Vol.7 No.2。
2)蔵内数太、 蔵内「元の理」学、『G-TEN』 14号、昭和61年、15~16頁。
3)井上昭夫、誰か身代わりに立つ者はないか、
『「こふき」のひろめー「元の理」天理教学の展開』善本社、2006年、498頁。
4)ジェイムス・ヒルマン、『コスモス・生命・宗教ムヒューマニズムを超えて』
天理大学出版部、1988年、346頁)
|