| 公開講座「登る道は幾筋も」逸話編108
井上昭夫
05/1/20註付き

『稿本天理教教祖伝逸話編』187頁
////////////はじめに////////////
「知る」と「分かる」の違いを「知る」
真実を「知る」という知識は大切である。「銘々の身の内よりの借物を 知らずにいては何も分からん」(3-137)と教示されるように、かしものかりものの理が「分かる」ためには、まずその教えを「知る」必要がある。しかし、教えを知っていることは、必ずしも分かっていることではない。そこで「分かりないのが神の残念」(12-108)と言われるのである。つまり、知識には量と質の両面がある。知っているは、知識の量のストックを指し、「分かる」は知識の質を意味している。求道の極致において、瞬時にして「分かる」ということは「悟る」ということでもある。そこで「たん/\と筆に知らしてあるけれど 悟り無いのが神の残念」(4-47)と言われるのである。たとえば、いんねんの教理を知り、いくら微細に相手に説明できたとしても、修行・求道を通して自己のいんねんの自覚ができていなかったならば、教えを知らしめることはできたとしても、本当に分からせたことにはならない。神意を「知る」と「分かる」は、次元が異なる知識なのである。前者は神意伝達の前提としての知識(knowledge)であり、後者は神意実践を導く要件としての知恵(wisdom)であるといえよう。
悟りや分かりは、その人間の感性や直観力の産物であり、客観的な知識の量がもたらすものではない。知識の量は、多いに越したことはないにしても、その人の真実を見抜く力や、それに基づく敏速な決断力、判断力が欠落していては、本当に「分かる」というレベルにまで至っていない。単なる知識だけでは、現実のさまざまな問題に鋭く切り込んでいくことはできない分けである。信仰も同じで、神が「説き聞かす」(3-46)真実が「分かる」ためには、「分かるよふ胸の内より思案せよ 人助けたら我が身助かる」(3-47)と断言されるように、教祖ひながたの道をもって示された「人助けたら我が身たすかる」の「登る道」を眺めるのではなく、その「幾筋も」ある中から「一筋の道」を、自らの意志で選択し、切り開いて行かなければ真実に「分かる」世界の「頂上」に立つことは出来ないということであろう。
逸話篇「登る道は幾筋も」は、人生や信仰の様態を登山に譬えた教祖のお話である。富士山はここでは「見立て」として諭しに使われている。「見立て」はその対象を正しく「知る」ことによって目指す真実の「分かる」領域へと私たちを運ぶ。つまり休火山としての「俗なる」富士のなかに、「聖なるも」のを重ねて見るのが「見立て」の発想であるから、ここでは富士登山という営みが信仰の道程に譬えられている。その譬えにそって言うと、「道」を知らせしめるとは、ただ単に相手に登山地図を渡すようなものであり、一方分からせるとは、登頂の実体験をもって相手に登頂の決断をさせる、ないしは登頂に同行するということになるわけである。一般に、前者は「にをいがけ」、後者は「おたすけ」といわれるものに対応しているとも言えるだろう。
知識や物質のストックは多ければ多い程、好ましいと思われている。しかし、登山においてはお荷物になるものは、登山に最小限必要なもの以外は、出発の際に登頂口において敢然と手放さなくてはならない。教祖が立教以前に歩まれた道は、御誕生の日からこの登頂口までに到る一筋の道に重ねることが出来る。つまり、立教の日を登頂口に譬えれば、登頂口から山頂に到る道筋は教祖「ひながた」50年の道筋に重ねることが出来る。登頂を目指したその道中では、徹底した施しや母屋の取りこぼちなどに見られる重荷の手放しが行われた。富士登頂口に至るまでの千筋の道を人間求道の道、登頂口から頂上までの道をひながたの一筋の神の道と解釈すれば、たとえば前者は求道者の「水平的螺旋道」、後者は伝道者の「垂直的螺旋道」という特徴をもつ、「幾筋も」の「かたち」が浮かんでくる。このことについては後ほどふれる。いずれにしろ信仰の山道は日常の平坦な道とはちがい、山あり、坂あり、谷ありで、その景色もそれぞれの道の歩き方も同じではない。したがって、登山の未経験者が、富士見立ての登山を譬えとした「登り道は幾筋も」といわれる話を「分かる」ことは易しくはないのである。
宗教や信心というものの本質には、科学や道徳、哲学などとはちがって、詩の世界に通じる、天然自然への絶対的受動性という側面がみられる。天理教の原典であるおふでさきやみかぐら歌は、詩歌という形式をもって表現されている。したがって、そこに表現されている言葉は、能動的、客観的に分析・解説する対象として与えられているのではなく、読み手、歌い手、踊り手が、原典のことばそのものが発する意味に「とらえられる」ことに意義があるということになる。とくに、みかぐら歌は、舞踊としての身体運動と音楽をともなって神の言葉を受け止め、神の言葉に「とらえらえる」という形をとっているから、そこには視覚にたよる読み方を超えたダイナミックないわれない感動と不思議が生まれ、その地平から信仰的にあらたな行為をよびかけるものが現れてくる。行為を呼び込まない原典の解説や説明は、いずれの宗教にあっても、それは信心の本質ではなく、あとからつけられた単なる知識という付属品に過ぎないと思われる。信仰の付属品ではなく、信心の本体に乗り込むためには、実践の道以外の選択肢はない。ひながた通らねば、ひながた要らんと教えられるのはこのことであろう。そのためには、知識や物質のストックを追求する傾向に反逆して、「阿呆が神の望み」と教えられる信仰の登山口に立たねばならない。つまり、果敢に狂の世界に接近しようとする、一種の「阿呆の価値観」「非常識の直観」といったものが、ひながたの道から逆転の発想として、ここに蘇ってこなければならないのである。「知る」と「分かる」は、知識のヨコ軸とタテ軸にも譬えられようか。この両者が二つ一つになって、私たちの知識は立体化する。知識の質と量という問題を考えながら、逸話篇108における信仰の登山への譬えからこのような姿が見えて来る。
登山口までの道筋は、大地をほぼ水平に走っているが、登頂への山道は垂直・螺旋を描き天上を指向している。上昇螺旋型を描く通常の登山道、つまり周回路は、登山者に登山の楽しみと意外性を、その道半ばにおいて与える。ロッククライミングに見られる直進登頂型は、周回路登頂型より高度な技術と自然環境の変化に対応した的確な判断力が求められる。頂点を極めた瞬間の「悟り」の体験は、前者はそれが徐々にやってくる可能性を予感として持ちうるが、後者は登頂までの緊迫性が前者に比べて遙かに厳しいため、前者のような精神的余裕はない。それぞれが持つライフスタイルは、登頂のさまざまな「かたち」に収斂される。その道筋を抽象化し、モデル化したのが「登る道筋」(陽気遊山)の空間図形である(下記、図1)。

さて、宗教と詩の共通点について、両者の本質には絶対的感受性というものが見られると述べた。このことにふれて、たとえば芭蕉は、俳句には「する句」と「なる句」があると言っている。つまり、俳句にも自分の能動的作為でつくられる俳句と、詩的言語が自然に出てくる二つの場合があり、本当の俳句は「成る」俳句でなければならないと言う。哲学者でもあり、詩人でもある大峰顯は、このことを「花の美しさや風の動きを感じるときには、私の方から花や風をつかまえに行くのではなく、私の心がむしろ風や花によって襲われ、とらえられるということになる」と述べる。つづいて大峰は自分が対象を「とらえる(ergreifen)のではなく、向こうが私を「とらえる」ことが感動を生起させると言い、シュライマハーも、無限なものによってこちらが「とらえられる」ことが、宗教の本質だと述べていることをあげている(註1)。向こうが私を「とらえる」こと、つまり信仰における人間の立場から見た真理・神意の絶対的受動性とは、主体が「とらえられる」ことであるから、人間が神を「とらえる」のではなく、人間が神に「とらえられる」ことの重要性を意味していることになる。つまり「とらえられる」とは、人間からすれば神に入り込んでもらうということになるであろう。「たんたんと用木にてはこの世を 始めた親が皆入込むで」(ふ15-60)ということばがこのことを示している。思索においても、行為においても、神に入り込んでもらうに値する信仰的努力をする。入り込んでもらうこと、つまり「とらえられる」ことがかなわねば、人間には信心の本質は分からないということになる。本稿では、なにをもって神に「とらえられた」と判断するかについては、主題から外れるので言及しない。
哲学や倫理、宗教学、神学といったものは、宗教の本質とは関係なく、すべて宗教本体に後から付け加えられている付属品のようなものだとも述べた。このような視点に立って、本論考では『逸話篇』のなかの教祖のことばを、能動的にこちらから近寄って解釈しようとする作為的な方法はできるだけ避ける。つまり外から私たちが客観的に『逸話篇』のことばを分析説明しようとするのではなく、教祖のことば自体を通してそのことばの向こうから見えてくる風景、そのことばが自然に発光し、開示している意味世界を、受動的に味わってみたいと考える。解説はそのあとに附随してくるまでである。まず課題として与えられた逸話篇108番を読んで、その中から最初に浮上してきた心象風景から話を始めたい。
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或る詩人からの見方////////////
・「ますっぐなものは まがっている」―谷川俊太郎
逸話篇108番を耳を澄まして一読したのち、向こうから胸に甦って来たのは、なぜか谷川俊太郎と金子みすずの詩であった。まず谷川俊太郎のことばから紹介しよう。あれは10年ほどまえのことであっただろうか。京都から上京する新幹線のなかで、通路の扉に近い席に座った時のことである。目の前の壁面にあった企業広告のパネルの言葉に目が吸い付けられた。それはたしか新日鉄の広告であって、そこには「まっすぐなものは
まがっている 谷川俊太郎」という一見矛盾を突き付けるような強烈なことばがあった。なぜ真直ぐなもので曲がっているのかという命題を、あれこれ考えているうちに眠ってしまい、東京に知らぬ間についたことを思い出している。
富士山は円錐体である。リ−マンの立体幾何学によれば、直線を2点を最短距離で結ぶ線と定義する時、平面での2点を結ぶ直線は球体における直線より長くなる。つまり、球体においては真直ぐなものは、曲線を描いているから曲がっているということになる。地球儀を見ると、東京よりアメリカ大陸のアンカレッジの方が大平洋のまん中にあるハワイよりも近いことが分かる。第二時世界大戦で日本軍は平面地図で作戦を練っていたから、真珠湾の方がアメリカ大陸より近いと考えていた節があるという説もある。富士山の大きさは地球と同じスケールではないから、リ−マンの幾何学はここでは適応できない。しかし、登山の常識からしても、彎曲登山が垂直登山より安全である。つまり、一般の登山者にとっては、遠回りがあらゆる面で着実なわけだ。
逸話篇10番「えらい遠回わりをして」(註2)においては、「今日まで、あっちこっちと、詣り信心をしておりました」と言う桝井キクに対して、教祖は「あんた、あっちこっちとえらい遠回わりをしておいでたんやなあ。おかしいな。ここへお出でたら、皆んなおいでになるのに」と応えられている。これは必ずしも回り道を非難されたものではないが、遠回りが「おかしいな」ということばの解釈は易しくはない。このことばは「そのはづや説いて聞かした事はない 何も知らんが無理でないそや」という寛容の親心と表面的には矛盾しているからである。したがって「おかしいな」ということばの背景には、「(教祖のことを)キクは聞いていたが、遠回りをして直ぐには来なかった」という事実があり、それを教祖はするどく見透されているような感じがする。キクは教祖の見抜き見透しに内心ドキリとしたのではないか。
「ここへお出でたら、皆んなおいでになるのに」ということばは、「元の理」における親神の裏守護を暗示しながら、天理教は排他的一神教ではなく、独自の宗教多元論や汎神論などを統括しただめの教えであることを物語っている。教祖は、疑う心、我が身思案、我が身助かりたいの心の道を「おかしいな」と言われ、遠回りをしたそのこと自体を否定してはおられない。それは108番の「登る道は幾筋もありますで」と言われることによっても示されている。ここでいわれる富士頂上は、霊が宿る異界というより、悟りの世界、陽気暮しが見えて来る世界を象徴している。人助けて我が身助かるの全体像としての富士像が見えてくれば、そこへ到達する道筋は幾筋もあるということが分かると言われているのである。
そこで「まっすぐなものは、まがっている」の「もの」ということばを、「者」という言葉に置き換えれば、道を一筋に歩んでいると思っている者も、実は曲線を描きながら道を歩んでいるということにもなる。このような解釈を可能にするものを、「まっすぐなものは まがっている」という逆説的表現はかくしもっているから、詩人の感性はその意味の底辺で「強い者が弱い、弱い者が強い」といわれるおさしづのことばにもつながっている。
このようにして「まっすぐなものは まがっている」ということばは、逸話篇10番と108番の両者を肯定する考え方としても浮上して来る。結果として回り道を通った者は、近道を選ぶ者より、その途上が艱難苦労の道程であったればあるほど、目的地に到達したときの喜びは、なおさら大きいということがいえる。急がば回れということばは、急ぐ時には危険な近道より、遠くても安全な本道を通る方が結局は早く、安全で着実な方法をとれという戒めでもあるとしても、道に譬えられる人生は、回り道の方が早いというだけでなく、多様な風景を体験できることによって、その中味はさらに充実しているという見方も可能である。
類似した逆説的な諭し方は、「早き道は早きにならん。遅き道は遅きにならん。」(24/1/14)、「危なき道が頼もしい。頼もしい道が危ない。」(24/5/9)、「大き道は怪我する。細い道は怪我は無い。」(35/7/20)「道無き事情、向うへ越す。又道がある。一つの道があった。めんめん又向うへ越す。道に廻り廻りの道がある」(24/5/19)等というおさしづにも見られる。
・「みんなちがって、みんないい」―金子みすゞ
「登る道は幾筋も」ということばからは、
金子みすゞの「みんなちがって、みんないい」で終わる「わたしと小鳥とすずと」という
次ぎのような詩も思い出される(註3)。
わたしが両手をひろげても、
お空はちっともどべないが、
とべる小鳥はわたにのように、
地面をはやく走れない。
わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あのなるすずはわたしのように
たくさんなうたはしらないよ。
すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。
「登る筋道は幾筋もありますで、どの道通って来るのも同じやで」と発せられた教祖のことばは、まさにこの「みんなちがって、みんないい」という薄幸の詩人金子みすゞのこころにも宿っていたと思われる。教祖は、キリスト教や仏教の道、他宗教の道は間違った道で、この道だけが正しい道だとは申しておられない。だめの教えとは、排他の教えではない。肝心なことは、平和や幸福につながる頂上に至る道は幾筋あっても、その通り方、つまり道を一条に通る心の質が問題だといわれている。おさしづにおいてはこのことを「世界の道」「表の道」に対比して「心の道」「胸の道」として諭されている。その前提に立って「これから道は幾筋付けるとも分からんで」(31/3/16)と仰せられる。
これが逸話篇108番から、ことばでは説明されていないが、自然に見えて来る姿である。金子みすゞは、汎神論とか自然主義といった難しいことばで、宇宙の真実を知らせようとはしていない。しかし、それ以上のことを、天然自然を客観視することなく、その中の一員として「すずや小鳥」と同じ次元に溶け込み、研ぎすまされた受動的感性で、「みんなちがって みんないい」と歌っている。じつにやさしいことばで、宇宙に存在する無名ではあるがすべてのもののつながりの中で、いのりの詩を歌っているのが、読み手になるほどという感動を与える。この詩人は「みんなちがって、みんないい」ということを、読者に知らせているというより、分からせているのである。
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或る臨床心理学者からの見方////////////
逸話篇108「登る道は幾筋も」からは、宗教学を学んだ者は、すぐさまJ・ヒック著の『神は多くの名前をもつ』等に代表される、宗教多元主義者の主張を想起するだろう(註4)。欧米の宗教的伝統の中では、長い間キリスト教が唯一の真の宗教と見なされてきた。しかし、非西欧世界との異文化間交流や経済の多角的な国際化が進み、情報や経済のグローバリゼーションが拡大した結果、キリスト教だけが唯一絶対の価値をもった宗教という、排他的な古い考え方は今や通用しなくなっている。その厳しい認識に立って、宗教の価値を相対化し、並立的に見る宗教多元主義が、キリスト教内部の神学者から台頭してきた。そして今、多元化する世界の中で、如何にしてキリスト教の独自性を証明できるかが福音伝道の命題となっているのである。キリスト教に見られた原理主義的、かつ排他的な宗教伝統は、裏守護の説き分けを教えに持つ天理教にはない。しかし、感覚的に人は誰でも自分の信じる宗教が一番よいと信じている。異宗教間対話の難しさがここにある。つまり、絶対的帰依を要求する主観的信心というものが、対話が要求する信心の相対性・客観性を拒否するからである。感性と理性がここでも噛み合わないという現実がある。
宗教学者が宗教多元主義を主張し、受け入れようとしているにも関わらず、イスラムの原理主義的テロリズムやアメリカの一国主義が世界に拡大し、時代は中世に逆戻りしているように見られる。この問題の根本はどこにあるのだろうか。臨床心理学者である河合隼雄は、西洋人と東洋人の考え方を二つ一つにまとめることによって、この問題の解決へのヒントを次のような話しを通して分かりやすく述べている。
西洋人のスタートは“個”です。その主人公が魚がどうしたかということを、ものすごくうまいこと話すのですが、東洋人は水槽の景色から始まって、サンゴがあった、藻があったと、いっぱい言うのだけれども、ひとつの線で因果をたどっていかないんですね。その人の結論は「これは見方が違うのであって善し悪しは言えない」と。これは僕も前から言っていることで、善し悪しは言えないのだけれども、西洋の分析的、個別的なやり方が政治、経済、軍事というところでも大成功しているから、みんなそれが良いように思っているけれども、もっと大きく考えたら、個の見方と全体の見方の両方いると思うんです。西洋の見方がよいとか東洋の見方が良いなんていうのではなくて、両方の見方ができないといけないと。そういう見方を持っていかないと、格差が非常にひどくなる。全体を見ないで個を見ていますから、強い者は強い、弱い者は弱いというようになってしまうんですね(註5)。
要するに河合は、富士山の頂上から全体を見よう、個性や地域、文化のちがいによって「登る道は幾筋も」あるではないか。強い者は弱い、弱い者は強いというグローカルな視点を持たないと、文明の共存や調和はとれないということを言っている。こういった視点はきわめて天理教の教えに近いと思われる。諸文明を集団的いんねんという概念でとらえるとき、その思想は「いんねんの筋も幾重にもある。何も隔てある思い、何かの処も、順々の心治め。道という道も一つである。めんめんの心の道というもの、めんめん拵えたものである」(明治20年深谷徳次郎18才身上願い)というおさしづにも通じにも通じる。
このような視点に立つと、「人助けたら我が身助かる」という教えも、個と全体のバランスの中でよく理解される。つづけて河合は、個の見方だと、たとえば助ける人と助けられる人がはっきりする。助ける方は、気の毒だから助けてあげるというが、全体からよく見ると、助けられた相手の笑顔を見ると、助けていると思っている人の心が癒されている。そこに気づくと、どちらが助けているのか助けられているのか、分からなくなるわけであるという意味のことを述べている。難民のための医療奉仕活動を世界各地で行なっている、NGO・AMDAの菅波理事長が同じようなことを、その貴重な体験から語っている(註6)。
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(3) 或るカトリック作家からの見方////////////
ここで思い出すのは、カトリック作家の遠藤周作の立場である。彼の『深い河』創作日記の中に、宗教多元主義についての一文がある(註7)。遠藤は富士登山を譬えに使って、各宗教が救済の頂点に至る道は幾筋もあるという意味のことを書いている。「登る道も幾筋」という宗教多元主義的な考え方から導きだされた信念が、彼の絶筆になった『深い河』(註7)を書かせる勇気をもたらしたと思われる。遠藤は宗教対立といわれるものは、実は民族対立なのであると言った後、富士山に登る道を譬えに持ち出して、次のように書いている。
各宗教は別々かというと、私は、キリスト教が説いていることも、仏教が説いていることも、ヒンドウー教が説いていることも、根底においては共通したものがあると思う。自分を生かしてくれている大きな命に名前をつけたのが、キリスト教徒の場合はキリストだし、仏教徒の場合は釈迦であったり阿弥陀様になったりするわけです。つまり、それは富士山を東から見るか、西から見るか、北から見るかであって、登っていく道は別々だけれども、頂上においては同じだということです(註8)。
遠藤の創作日記は死後発見された絶筆である。その最後のところで、「ともかく、どのような宗教であれ、その根底にあるものは一緒なのであり、それは人間だれもが持ち合わせている無意識の中に存在する。それこそが私のいう“宗教性”で、あらゆる宗教の根本なのだと思うのです」と告白し、輪廻転生についても「永遠に転生が続くわけではない。解脱ができるようになれば―――。」という祈りのようなことばで、日記は終わっている。一神教を信じていた日本のカソリック作家の登りつめた山頂からは、きわめて東洋的な風景が見られたのであ
った。
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或る哲学者からの見方////////////
山岳は、世界の宗教に神話の対象として、頻繁にあらわれている。ギリシャ神話では、オリンポスの山は神々の住むパンテオンとされ、ゼウスはその山頂にあって神々を支配すると信じられていた。モーゼが十戒を受けたのもシナイ山であり、それは山頂が神のすみかであると信じられていたからだ。仏教のヒマラヤをモデルにした須弥山はいうまでもなく、イスラームやインド、アメリカインディアン、アフリカ、大平洋諸島にも山岳信仰は広く見られる。日本でも高野山、立石寺、恐山などは死者の霊魂が行く霊山として信仰されている。
また、登山を浄罪や徳の追究の行為とする見方はさまざまにある。アペニンの山々に登ったダンテは、その登山経験を『神曲』における煉獄の山の描写に現した。英国の16世紀の詩人ジョン・ダンは、人生を登山に譬えて、真理を目指して人生の山に登れと説いた。人生行路を山登りの旅に譬えた寓話は世界にひろく見られる。しかしここでは、人生の徹底した不条理を受け止め、それを超克する道を開示するのに、山頂へ「登る道」と麓へ「下る道」をテーマにとりあげた、フランスのノーベル賞作家アルベエル・カミュの作品『シジフォスの神話』(註9)に触れておきたい。
生きている人間にとって、現実の登山は、当然下山を前提としていることに注目して、カミュは人生を登山にたとえて『シジフォスの神話』を書いた。その冒頭で「本当に重大な哲学の問題は一つしかない。それは自殺である。人生が生きるに値するか否かを判断すること、これこそ哲学の根本問題に答えることである」と述べている。ギリシャ神話に登場するシジフォスは、度重なる神々への不敬のために地獄に落とされる。地獄では大きな一個の岩が用意されていて、シジフォスはその岩を山頂まで転がして運びあげる刑罰を課される。山の頂上に達すると、岩はそれ自身の重さではるか麓へ落下して行く。シジフォスは落下する岩を追って、麓へと下降して行き、再びそれを持ち上げ、成功とか、名誉とか、悟りといった登頂目的不在の頂点を目指す。永遠にこの往復作業が繰り返される。人生がこのような無意味な繰り返しであるとするならば、はたして生きるに値するかというのが彼の命題である。そこで「生きるとは不条理を生かすことだ」とカミュは説き、不条理を認識しつつ、合理化を避け、自殺を排除して生きるという選択を迫る。
この作品の直接の動機は、カミュが当時の労働者が、シジフォスと同じように毎日毎日同じ仕事に苦しみながら従事している姿に触発されたことにあると思われる。その希望のない労働者の悲劇性、その運命づけられたかのような反復行動の不条理を意識した人間の、登頂直後、下降直前における、休止の瞬間のこころの状態に、カミュは関心を寄せている。頂上を離れて下山していく時、「シジフォスは各瞬間毎に自分の運命に打ち克つのだ。彼はその岩よりも強いのである」と言い、また「頂上にむかう闘争そのものが人間の心を充分満たすのだ」と、誠実な人間のみがいつも繰り返し持つ重荷を肯定し、それを持ち上げる終わり無い努力の過程にこそ真価が宿るのだと主張している。「登る道は幾筋も」あっても、シジフォスの運命づけられたような絶望的な苦しみの道で、諦めの方が敗北する。ここでは努力するものが美しいのであって、努力の成果が問題ではない。重荷としての岩は、なお転がり続けるが、絶えず登頂への歩みを運び続ける努力によって、人生の不条理は喜びに変えられると、カミュは自らをも励ましている。
未来への希望と合理化の拒否は、不条理の中に明日というもののない「今」の確実性を生む。カミュは山頂の希望より、登頂プロセスの内実を決める「心一つが我がの理」を問うているようだ。つまり、カミュは、不条理の世界に投げ出されていても、人間の「心一つ」によって「心の道」が刻まれて行くという認識こそが、あらたな行動と創造の源泉となると言っているのではないか。己の悲劇的な運命を意識したその時、シジフォスの心の中には、死に対する強靱な反抗精神が生まれる。この反抗と無意味の中から、意味を見い出したいという願望が逆に激しく燃え上がる。反抗と情熱との交錯する接点にこそ、本当の自由があると捕らえ、シジフォスは「すべてよし」と納得する。このような人生の実存的解釈は、「泥海」に始まる「元の理」を「今の理」として捕らえ、「いまがこのよのはじまり」と教えられるおふでさきの7号3番の一節や、個の悪いんねんを切る「たんのう」の実践教理にも根底で繋がっているようにも考えられる。おふでさきの真実の世界に迫る道として、実存主義的な解釈の道筋をつけることは、その「登る道筋」をさらに豊かにするものとなるであろうと思われる。。
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或る宇宙論・歴史論者からの見方////////////
逸話偏108番の「登る道は幾筋も」と同じような内容 は、10番の「えらい遠廻わりをして」の話しにも見られる。前者は近道をも容認され、後者はそ遠回りを否定しておられるのだろうか。この相互に矛盾するような印象を与える逸話篇について少し考えてみたい。
前者の「登る道」は、上昇する垂直軸をイメージさせ、後者の「廻り道」は、螺旋回する水平軸をイメージさせる。つまり、逸話篇においては、タテとヨコという信仰の垂直軸と水平軸が個別に見られ、それを読む信仰者に対して、その信仰的両軸の交叉する接点とは何かという問題を突きつけて来る。それぞれの頂点に近づく筋道をたどって行くと、両軸が暗示する精神世界は限り無く多様に広がって行く。それは究極において、人間と人間個個人のさまざまな人生における実存的な関わり方について、また天理教者のひながたの道を幾筋にもたどる独自の「道筋」について、あるべき「心の道」が浮上してくるような気がする。
逸話篇108番における「幾筋も」は、宗教の普遍性と個別性を包摂する摂理とは何かを象徴的に設問したものであると思われる。私たちにとってはその象徴的意味世界をどのように、そしてどこまで深くかつ広く解釈できるかが問われているのである。富士登頂を人生の営みととらえ、登頂する直線としての垂直の道筋は、遠回りである彎曲回転する水平の道筋と合流して、「螺旋型」に上昇する持続的な統一道になることをこの二つの道は暗示しているようにも見える。
哲学者中村雄二郎は、その著『かたちのオディッセイ』(註10)において、ゲーテの最晩年の論文「植物の螺旋的傾向」(1831)が、植物のもつ成長の「垂直的努力」と「螺旋的傾向」を相補的に組み合わせたメタモルフォーゼ(変態)の概念を説明しているのに注目して、循環あるいは螺旋運動が生命活動の占めるとした独自の生命現象論を展開している。そして次のように結んでいる。
私たち人間が、旋回する舞踏やめまい遊びや迷宮めぐりなどにつよく惹かれ、エクスタシーさえも感じるのは、そこにおのずと宇宙の原初的な渦動と同調し共振するところがあるからだろ。きわどく死に接したところで強く生を感じさせる仕組みがそこに成り立っている、といってもいい。
生命活動を支える酸素がきわめて希薄となる山岳においては、生と死は隣り合わせている。かくて富士登頂の寓意的解釈は、信心における不思議のめまい体験を示唆しながら、山頂の悟りの境地までに至る。
またここで思い出されるのは、「元の理」に独自の関心を寄せた、今は亡き著名な生態解剖学者三木成夫である。三木は中村と同じく、ゲーテがその最晩年、植物の成長過程に見られるラセン形成を鋭い直観の目でとらえたことを取り上げ、「生の根本原理」としての螺旋とリズムを解剖学を土台に展開したことでも知られる。地球上の生の螺旋とリズムは、星雲や宇宙の螺旋とも照応している。人類も自然の一員として、知らぬ間にその行動や思考が、螺旋という形に無意識のうちに取り込まれているように思われる。巡礼や登山においても、そして反復する歴史の中でも、同じように螺旋という形が取り込まれている。富士登頂への道筋を考えている時、このようなことが頭に浮かんできた。
ちょうどそんな時、民話劇『夕鶴』で知られる木下順次の「螺旋型の”未来”」という朝日新聞のエッセイが目にとまったのである( 註11)。木下は思想や歴史の発展には一直線のあり方と、同時に螺旋形というものがあり、それは個人や世界でも同じではないかと言っている。人間は時代の中で、半ば無意識の内に「流されて」いて、「ああ、あの時おれは流されていたなと思い返すことは、螺旋形の輪を一つ登ったことになるだろう」と過去の交友関係の中での議論を思い出しながら語り、そして人はまた次の輪を登っていくのだと述べている。個人でない歴史というものも、それに似通った発展をして行くのではないか。現在の世界の大混乱も、部分でか全体としてか、過去には同じようなことが繰り返されたという意味のことを述べたあと、『夕鶴』の作家は「その流れの中に今日現在もまたある。という意味で、今日現在も世界は螺旋形で発展しつつあると言ってはいけないか」と結んでいる。
このように考えてくると、直線としての「一筋の道」も、大きくは長い時間の中で「螺旋」を描いている道だと考えられるのである。そうでなければ人間にとって反省という営みは難しい。人生が直線であれば、当然はるか彼方の過去の道程は、地平線上に霞んで視野に入らない。己の通った道筋は常に螺旋的に一筋である。直線的時間軸からさまざまに道の姿をちょん切って分類し、歩んだ過去を振り返れば、それはあの時はこうであった、ああであったという「幾筋の道」であったかも知れない。しかし、人は「幾筋の道」を同時に歩むことは出来ない限り、二足わらじの道筋も、一人の人間が歩む限り、それは「一筋の道」であろう。道を「螺旋」として解釈する時、幾筋の道も一筋となる。矛盾すると思われるタテ・ヨコ二筋の道も、一人の人間が求め歩む限り、それは一筋の「心の道」において統合されるのである。このような心象風景が「登る道は幾筋も」という逸話篇から浮かんでくる。
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或るピラミッドモデルからの見方////////////
アリストテレスは(上記、図2)が示すように、大自然を四階建てのピラミッドとして描いて見せた。植物と動物の相異なる生の営みを「自然の階層」の中で眺めようとしたのである。底辺を占める一階には、プシケのない地・水・火・風、二階以上にはプシケのあるものとして、まず植物が、三階には動物が、そして最上階の4階には人間が、それぞれ順番に積み重ねられて行く。この三者は「栄養―生殖」「感覚―運動」「理解―意志」という双極的な生過程を分かちもち、そのピラミッドの頂点に生物進化の究極の目標である人間の理性を、最高の価値あるものとして位置付けている。私たちは小学校いらい、この西欧からやってきた生物思想の洗礼を知らず知らずの内に受けてきたと三木成夫は述べる。しかし、三木は、図1におけるアリストテレスの真意は、人類進化論にあったのではないとも喝破した。そして、宇宙のかたちとしての空間的「らせん」と時間的「リズム」に注目したのち、クラーゲスの表現学を導入して、このアリストテレスの三階層の双極性について解説し、宇宙の根源現象についての持論を展開している(註12)。
筆者は天理教における理想的な山頂、つま り陽気ぐらしの世界に到達・上昇するための道程を、比較文化論を梃子とした「Glocalityへの8段階ピラミッドモデル」を創案したことがある(下記、図3)。

また、アメリカの著名なバスケットコーチのウッデンは、スポーツの理想的なあり方を、ピラミッドモデルを使って「成功へのピラミッド」(Pyramid
of Success)といわれるものを作成した(下記、図4)(註13)。

前者は陽気暮しを頂点とした、精神と物質の発展段階を示したものであり、後者はスポーツにおける「成功」という目標を達成するためには、どのような精神的、頭脳的、社会的、肉体的な要素が不可欠であるかを長年の体験の中から抽出し、それらをピラミッド型に段階的に積み上げたものである。前者には、登る階段の理想郷・陽気暮らしの世界が頂点にあり、後者には、上方移行に比例して、それぞれの要素がさらに精神化していくことが示されている。スポーツの「成功へのピラミッド」の階段は、「里の仙人」における宗教的修行の内実にも対応しているのが興味深い。
前者においては「天理宗教文化工学」という試みが、進化は善であるという前提に立ってなされている(註14)。宗教学や民族学のなかでも、いまや人類の宗教は多神教から一神教に進化してきたとというような考え方は、「直線的進歩幻想」であるとして疑問が提出されている。絶対的真理を中心として、あらゆる宗教は惑星としてそのまわりを廻っているという「宗教のコペルニクス的転回」という考え方が受け入れられている中では、発展段階を通してのピラミッドを比喩とした理論は、一種の社会進化論であるから、その有効性は否定されるかも知れない。モデル化された両面階段は、必ずしも一段一段と階段を順序よく登れということを主張しているのではない。「天よりの綱」が、シンクロニシティ(共時的事象)という不思議を通して、登頂者に現れることもあるからである。成長の目安として「グローカリティ」の世界を思考するこのピラミッドモデルは、海外伝道を異文化伝道と認識するとき、極めて有意義であると考えている。
個人における人間としての成長や人類の文明進化を、直線的段階的にとらえる設定は、心理療法家の「理論」としても、クライエントに対しては非常に便利でもあったと思われる。しかし、たとえば河合隼雄は、段階設定は心理療法の過程において、自分がクライエントと共に居る地点がどのあたりかの見当をつけられるから、療法家もクライエントも助かったことは事実であるけれども、だんだんと経験を積み重ねて行く内に「人間はそんなに直線的・段階的に変化しない、ということを知った」と言っている。つづけて「進歩」という考えにも疑問が生じてきたとまで述べて、さらに次のような禅僧のような言葉を発している。
段階的進歩のイメージを強くもつと、その線に従ってクライエントに段階を登って貰おうとすることによって、クライエントの個性を殺しかねないのである。人間というものが、いかに一人一人異なるかを実感するほど、直線的進歩の図式がゆらいでくる。極端な言い方をすると、人間というものは、別に「進歩」などしなくても、そこに生きているだけで素晴らしいと言いたくなるところがある(註15)。
河合はこのように述べたあと、クライエントの変容と改善には力点を置かず、そこにあるものを、それ自身の内へと深めること、つまりクライエントの「個性化」と「魂の形成過程」を強調し、「魂の現実」が見えてくるようにすることが大切であるという同僚学者ヒルマンの立場を紹介している。
「魂の現実」を見ることは、「いんねんの現実」を見るという言葉にも置き換えられよう。さすれば、個のいんねんを悟るとは、深い「さんげ」と共に、己のいんねんを自覚することによって、そこから個性を深める切っ掛けがあたえられたという喜びが生まれる。受動的に解説されがちな「たんのう」の精神とは、この個性への覚醒から生まれてくる新たな喜びという言葉にも置き換えられる。「進化」よりも「深化」に、臨床心理学が力点を置くとすれば、富士モデルもピラミッドモデルも、逆転の発想が必要なのかも知れない。たとえば、前者においては、おふでさきにおける「高山」と「谷底」のメタファーを通して、上昇よりも頂点からの下降のプロセスに、ひながたの道の実存的意味を掘り下げることによって、新鮮な天理教学の生き生きとした地平が開けてくるかも知れない。後者には、各ピラミッドブロックの境界接線を思考することによって、新しい説得力ある発想法が立ち現れてくるかも知れないのである。
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3原典から見る「道筋の様態」////////////
・おふでさきから見えてくる「道筋」
おふでさきにおいては、道、高山、谷底、立木、用木などについてのお歌が頻出している。いずれも登山体験をイメージしながら主題について考えると、それぞれの解釈がより豊になる。道おせ、崖道、細い道、本道、往還道、ほこりだらけの道、いばらの道、怖き危なき道、難渋な道、めずらしき道、長い道中、この道通り抜けたら、高い山から往還の道、今までと道がころりと変わる、一寸見えかけた細い道筋、長い道中道すがら、道のり千里隔てありても等といったことばについての、たとえば、富士登頂の体験者と非体験者が理解するレベルは異なる。体験者の解釈は、登山経験がもたらす具体的な身体言語が発動して、より個別的実存的となり、一方未経験者の解釈は、限りなく抽象的とならざるを得ないだろう。
「お道」という言葉が天理教内においても抽象化して行く傾向に対して、主題の譬えはその「分かる」レベルにおいて、さまざまな教訓を与える。「登る道は幾筋も」においては、教祖は聖治郎に肯定的返答を前提として富士山を「知っていますか」と問われたが、問題はその後に続くことばなのである。つまり、教祖の問いは「頂上は一つやけれども、登る道は幾筋もありますで。どの道通って来るのも同じやで」という意味が本当に「分かっていますか」ということであった。つまり108番の信仰の富士見立てでは、「分かる」ためには、一枚の登山地図を眺め、あるいは複数の登山地図をいかに緻密に比較研究しても、その努力の結果「道」を「知る」ことが出来ても、所詮「分かる」に至らないという教訓が暗示されていることに気づかねばならない。
次ぎに、@五重相伝の「二河白道」(註16)の描写を想起させる火の中、淵中という表現をもつ道の譬え、A刹那主義を超え、現状を悲観せず、未来に希望をもてとの励ましと諭し、B難渋な道を通り抜けた瞬間、信仰登山者の眼前に突如として現れる、頂上の自由自在の神の世界などについて述べられているお歌を引用しておく。いづれも108番の主題と関連する代表的なおふでさきの一節である。
万代の世界中を見渡せば 道の次第もいろいろにある
この先は道に譬えて話する 何処の事とも更に言はんで
山坂や茨ぐろふも崖道も 剣の中も通り抜けたら
未だ見へる火の中もあり淵中も それを越したら細い道あり
細道をだんだん越せば大道や これが確かな本道である
この話し他の事でわないほとに 神一条でこれ我が事 (1-45-50)
銘々に今さいよくば良き事と 思ふ心は皆違うでな
出がけから如何な大道通りても 末の細道見えてないから
人間はあざなない者であるからに 末の道筋更に分からん
今の事何も言うではないほどに 先の往還道が見へるで
今の道如何な道でも嘆くなよ 先の本道楽しゆでいよ (3-34-37)
この道は何ふ言う事に皆の者 思ているやら一寸に分からん
月日には何でも彼でも真実を 心確り通り抜けるで
この道を上へ抜けたる事ならば 自由自在の働きをする(10-98-100)
高山から開ける往還の道は、神が高山の頂上から人間世界に下降して、登山を目指す信仰者に開く道の意味であり、谷底に向けては、「天よりの綱」で登頂を助けるの意。また「3分の心7分の台」と言われるのは、3合目まで自力で登れば、登頂までは引き上げて助けるの他力的意味とも解せる。「天よりの綱」は、自力登山によって3合目まで到達した信者に天よりの助けとして下ろされる、登山用のロープにも譬えられる。後者は自・他力であり、綱を使う力や意志のないものには、手引きや助けの道具としての目的は達成されない。道おせは、登頂に向けての道路標識であり、救済への神の手引き、神の意見を象徴している。

富士参詣曼陀羅(上記、図5)(註17)の裏守護的解釈や富士見立てから浮かんでくるイメージは、たとえば次のようなおふでさき各首が醸し出す風景をゆたかにする。登山道にある神社「神のうちわけ場所」(2-16)、頂上「確かなる詣り所」(1-56)、雲の流れと雲海「一列は皆靄の如くに」(6-14)、山麓にある湖「高山のお池に湧いた水」(2-25)、山麓から広がる田園「この世の元始まりは泥の海」(6-33)、頂上左右に描かれた月輪と日輪「高山に火と水とが見えてある」(2-40)、立教、天よりの綱「月日よりそれを見澄まし天降り」(6-56)、変化のない延々と続く登山道「長い道中道すがら余程退屈したであろう」(1-55)、山麓の樹海「谷底にては一寸したる木がたっぷり見えてある」(7-16)、地震と山ぐえによる人工ダム「高い山でも水がつく」(7-13)、夜間、昼間の危険な山道「恐き危なき道」(7-7)、道なき道「草がしこりて道知れず」(6-75)等々。
山道は、自動車が走り普段人間が歩く平坦な街の道とは違う。街の中の道は坂道や障害物はない。それに反して、登山道は殆どが登り下りの垂直傾向を持っているから、登山者の歩行速度も極端におちる。したがって、「登る道」においては、人間の普段の歩み方では登頂の目的は達せられない。登山道は「幾筋も」あるが、この点では共通しているのである。登りはゆっくり、歩幅はせまく、足はひきずらない、下りは重力を利用して慎重になど、山にはさまざまな歩き方がある。ひながたの道にそった人だすけの登頂にも、こういった登山・下山における独自の身体表現は、寓話的・体験的に求道者の歩む心の持ち方にそのまま対応している。
・みかぐら歌の手振りから見えてくる道筋
つとめの第3節「地と天とをかたどりて」の手振りを、文字通り地と天が出会う富士の頂点で行えば、気分は壮大となり、意気天を衝く境地をあまねくだろう。さらに「この世の始だし」の手振りにおいては、生命誕生の不思議がコズモロジカルに体感されるかも知れない。特に日の出刻においては、天に残月を仰ぎ遙か東の太平洋の水平線に昇る太陽を拝むならば、「一列澄まして甘露台」の手振りは、「一列」の円型と、「澄まして」の直線が、太陽の円相が天界との境界面をなす海洋の背景から徐々に昇る光景と重なり、夜が昼と合体する美しいトワイライトゾーンを現出させる。まさに「月日人間同じ事なり」の神秘が味わえることを期待させる。「頂上は一つや」と言われる、教祖の富士の見立て話は、それが原典とつながるとき、このような幻想をかき立てるのである。
山道は、自動車が走り普段人間が歩く平坦な街の道とは違う。街の中の道は坂道や障害物はない。それに反して、登山道は殆どが登り下りの垂直傾向を持っているから、登山者の歩行速度も極端におちる。したっがって、「登る道」においては、人間の普段の歩み方では登頂の目的は達せられない。登山道は「幾筋も」あるが、この点では共通しているのである。登りはゆっくり、歩幅はせまく、足は引きずらない、下りは重力を利用して慎重になど、山にはさまざまな歩き方がある。ひながたの道にそった人だすけの登頂にも、こういった身体動作が寓話的・体験的にそのまま適応される。みかぐら歌では、「登る道は幾筋も」を補完説明することばと手振りは、次のような下りにおいて見られる。
*** 「万代の世界一列見はらせど むねの分かりた者はない」
「万代」は歴史・文明史的時間、「世界」は地球上の全地域を含む地理・文化的空間、「一列」は「万代」の「世界」に生存し、生存した全ての人間を意味している。「見晴らす」手振りは、快晴で視野を遮るものがない、神の座としての富士の頂上から、360度一回転して、人間世界をすべて見通すというイメージである。神の壮大な国見に見立てられる。「一列」とは、石田梅岩のとひ問答(註18)(『日本古典文学大系97
』岩波書店 昭和41年 431頁)に見られる和語漢字であるが、漢語にはなく、和語の漢字表記と思われ、平等、同じという意味を持つ天理教独自の教語である。おふでさきで「皆一列は何と思てる」などという場合の「一列」は、名詞的用法で「全ての人間」を指す。「一列に」は副詞的用法で、「平等に」「同じように」「全てに」などを意味し「一列に早く助けを急ぐ」「一列に神が掃除をする」といった文脈で使われる。「一列」は「一列に並ぶ」というように直線をイメージするが、つとめの手振りについては第3節「一列すまして」の「一列」では「円」、よろずよ8首の「一列」では同じ言葉でも「回転」の動作で表現される。また、「大和ばかりやないほどに」「大和は豊年や」「山の中へと行くならば」の「やまと」と「やま」は、同じ手振りである。大和は山門あるいは山戸で語源的には山の入り口を意味する。つまり、登山口という解釈をすれば、大和のぢばから信仰が始まるわけだから、108番の文脈の中からは、「やまと」は頂上に向かう、ひながたの道の出発点に対応するという解釈も導きだされる。
*** 「この所 大和の地場の神がたと 言うていれども元知らぬ」 (よ-4)
***「大和ばかりやないほどに 国々までへも助けゆく」(5-8)
たすけは、ぢばのかみがたの周辺だけに止まらず、つまり、富士裾野の周縁から、波状的に平地世界に向けて広がっていくという感情移入が、手踊りのスケールを増幅する。
***「山の中へと入り込んで 石も立木も見ておいた」(8-8)
***「山の中でもあちこちと 天理王の勤めする」 (9-8)
***「山の中へと行くならバ 荒木棟梁連れて行け」(12-8)
「やまと」は山門の意であるから、未開拓地と解釈される「山の中」は、ここでは富士の樹海が想像される。神が先ずそこに入り込んで、目印になる石(意志・心の定まった者)や立木(素直な気・心を立てた者)を道標(道おせ)や道具として見定めておいたから、山中に迷うことなく天理王のたすけづとめのために、あらきとうりょうを連れて行けという意味にも統合される。
・ おさしづから見えてくる「道筋」
「登る道は千筋も」というおことばの理解をたすけるおさしづとしては、いま迄に紹介した外に、次ぎのようなものが目にとまったので引用しておきたい。いづれも説明はくどいので省略する。
***千筋の道についてー「年限の中、西を向こうか、東を向こうか、南を向こうか、北を向こうか。千筋の道が出来て、どの道通りても探りても道が分からん。」(31/5/9)
***足場についてー「天という見通しの理の上を越そうと思うても、越さりゃせん。一人二人で足場無しで登れるか。よう思やんしてみよ。台という理分からねば、何処から登ろうと思うても登られん。。。神が連れて通れば危なきは無い」(31/2/27)
「登ろうというは、足場無くばならん。神の道に足場無しに登りたら、どんと落ちんならん」(32/8/26)
***天よりの綱についてー「この道は天よりの綱を下したる。綱を以って諭したる。天よりの綱を持って来れば、その理はいつまでも残る」(31/7/30)
***峠を登るについてー「山坂に譬えて諭しする。高い峠を越すには一時には超せん。中にどうしょ知らんという。身に迫る時もある。峠を越せば越すだけの心、悠っくりの心で越せば楽に超せる。谷を越し海を越して居る所、しんどいしんどい思い思い越す。峠を登る話しというは、よう聞き分け」(30/9/25)
***いんねんの理ついてー「難儀さそう、不自由さそうとは話せん。いかなる理を聞き分け。不思議見る、聞く、始まる。どんな道も登らにゃならん。いんねんの理を定め。一日の日という」(23/2/16)
***新しい道についてー「晴天となれば、高い山から見れば、あちらも鮮やかすっきり見える。。。。新しい道は通りよいと皆思う。なれど新しい道は通り難い。古き道の理を思え」(23/9/2)
***一段二段の理についてー「ぼつぼつの道を始め掛けて、一段と言う。一段という理は二段、二段登れば三段、四段という。登るには一つの心、焦げ付きの理錆び付きの理という。。。。たんのうは改めた心の理、もうすっきりごもくは払えた。これから始め。一段二段の理から始める。これが臺。又一つ変わる変わる」(24/1/30)
***往還道についてー「この道筋は大きな道筋を付け掛けたる。これで大道と思てはならん。往還道は未だ未だ。一寸出す。もう出すによって、高い所へだんだん理を持って登りてある」(32/10/5)
***高い所のよふぼくにつぃてー「世界には新しい道が千筋も出来て来た。どんなよふぼく出来るやら分からん。あちらの國からよふぼく、こちらの國からもよふぼく、高い山にも山の背腹にも谷底にもある。低い所から引き出すには引き出し難くい。高い所から引き出せば早い早い。高い所のよふぼくはするすると下りて来る。どんなよふぼく寄せてどんな仕事するやら分からん」(28/10/7)
***神一條の道についてー「どんな道も千筋、一條道、成程の理に伝わる。神一條の道無き處の道は無い」(22/1/30)
////////////おわりに////////////
「分かる」から「登る」へ
信仰の目的は「悟り」を得ることにあり、そこから陽気ぐらしが発生する。「人助けて我が身助かる」という信仰の原則を実践することによって、個人は陽気ぐらしの幸福感に満たされる。しかし、それは個人のレベル、つまり「里の仙人」ではない、山中のレベル、裾野のレベルに留まっているのであって、その無限円としての裾野から、必ずしも波状的に広がる人類全体の陽気ぐらしに繋がっているということではない。山の中に一時向かった伝道者は、その樹海の閉ざされた孤立の世界に、物理的にも、精神的にも立ち止まり続けるのではなく、もと来た場所である郷において「里の仙人」として立ち戻る使命があるのである。その回帰のかたちが、魂の次元におけるおぢば帰りがもたらす回生・復活を可能にする。つまり、個人の助かりのレベルにおいては、世界だすけを条件とする人類の陽気ぐらしは、意識の上でさえも達成されていない。たすけづとめ・かぐらづとめは、個のたすけではなく、基本的に全体たすけに向けられている祈りであることを忘れてはならない。つまり、布教集団としての教会や教団が、教会外の世界と実践的にも思想的にも断絶しているとするならば、その教会や教団は里の仙人を目指していないということになる。
いま、世界における紛争地域は、60余カ所に及ぶと言われる。生死の極限状態にある難民は世界でゆうに一千万人をこえている。このような泥海化・混沌化する世界にあって、個の幸福と、全体的平和と陽気ぐらしは如何にしてつながるか。個と全体のつながりの道程を収斂する「登り道」と「廻り道」を語る逸話篇2節を通して、教祖の言葉が私たちに突き付ける命題は、あたかも一見矛盾するように思える。そのいにしえに語られた道筋の表面におけるあいまいさを掘り下げ、そこで出会った根の世界を現代に甦らせて応答する義務が、私たちようぼくには課されている。逸話篇は、過去の話しを単なる逸話として「知る」だけのためにあるのではない。限られた時代と場所と登場人物を通して語られる逸話の中から、時代を超えた普遍的な神の意志を読みとり、それを新たに再構築して、現代世界の激変する個別的な情況に対応させながら、解釈を深化させることが大切である。この視座にこそ、個と全体、特殊と普遍を、時間的にも空間的にも統合しようとする「グローカル天理」の思想的・教学的根拠がおかれている。
逸話篇108番の「登道る道は幾筋も」は、私たちが親心を真に「分かる」精神世界を目指して、新たな信仰上の道筋を個別的に選択することの大切さを物語っている。そして、その山門を今現在の瞬間に見立てて、「登頂」決断の一歩前進を、強く促していると読みとりたいのである。
註
1) 大峰あきら『宗教と詩の源泉』法蔵館、6頁、1996年
2)『稿本天理教教祖伝』天理教道友社、10〜12頁、昭和51年
3) 金子みすゞ『わたしと小鳥とすずと』JULA出版局、1984年
4)J・ヒック『神は多くの名前をもつ』間瀬啓允訳、岩波書店、1986年
5)『この星に生まれてー復興・ひろしま・国連』
井上武編、中国新聞社、26頁、2004年
6)井上武編 前掲書添付DVD-VIDEO「未来へつなぐ十の物語」
7)『深い河』遠藤周作, 講談社、1993年
8)『『深い河』創作日記』遠藤周作、講談社、155頁、1997年
9)アルベエル・カミュ『シジフォスの神話』新潮文庫、矢内原伊作訳、昭和29年
10)中村雄二郎『かたちのオデュッセイ』岩波書店、1991年
11)木下順二「螺旋型の“未来”」朝日新聞夕刊 2004年11月14日
12)三木成夫「宇宙の根源現象」
『G=TEN』特集:宇宙と人間、天理やまと文化会議、平成元年4月
13)井上昭夫『天理教学の未来』天理やまと文化会議、179頁、1998年
14)井上昭夫「経済と文化のグローカリゼーション」
『信仰と事業』福唱堂、道の経営者の会、2001年
15)デイビッド・ミラー『甦る神々ー新しい多神論』春秋社、245頁、1991年
16)松隈青壺「五重相伝について」天理教学研究No.5、79~81頁、昭和27年
17)岩田慶治+杉浦康平『アジアの宇宙観』講談社、242頁、1989年図
18)「登る道筋」(陽気遊山)の空間図形
19)自然の階層構造 アリストテレス
20)Glocalityへの8段階ピラミッドモデル 井上昭夫
21)「成功へのピラミッド」 ジョン・ウッデン
22)富士参詣曼陀羅 奈良・矢田原第三農業組合蔵
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